富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

佐倉歴博〈性差の日本史〉から水戸芸術館で三三独演会

f:id:fookpaktsuen:20201205064147j:image

公安法の威力が初顕で香港は由乱向治と中連弁主任が宣つたのは香港市役所主催の「憲法と国家安全」座談会にて。すべてが茶番。中共が主権を誇示できるのが所詮このやうなことで中共の主権は習近平のやうな絶対的権威でしか維持できず。これがいつまで何う続くのかが見もの。アタシの余生などそれくらゐしか愉しみもない。 


f:id:fookpaktsuen:20201205064207j:image

f:id:fookpaktsuen:20201205064203j:image

佐倉の国立歴博で開催中の「性差の日本史」好評博してゐたが明日が千穐楽。週末と会期末の今月は平日も事前予約制で今日の開館からの朝イチ(9時半の開館口開け)を予約してゐたので朝7時に水府を自動車で出て小雨のなか常磐道圏央道経由で佐倉へ。 

f:id:fookpaktsuen:20201206122802j:image

「性差」(ジェンダー)は今ではLGBTなど性の多様性に関心集まり「性差の日本史」と聞くと日本の歴史の中での性の多様性のやうなものを想像したが今回の内容は性差といふよりはもつとシンプルに日本の歴史のなかで女性が何ういふ立ち位置にあつたか。それも古代の埴輪から話を始めてゐるのは面白い。古代社会での生活上の仕事の役割、平安貴族社会の女性、武士社会は男社会のやうで北條政子や地頭などでも女性の活躍や財産贈与など。そして遊女の存在。

中世の遊女は社会の一員として特別の差別を受けることもなく様々な階層の人々と関係を結びながら生活していた。

江戸時代でも働く女性は一定の社会的地位があり武家の女たちも負けてはゐない。大奥。廓では遊女の悲劇もあり。家の貧困で親に廓に売られた身で裸同然の姿で土間に落とされ手を使はずネコメシを食らふことで人間界から畜生界へ堕ちることを自覚させられ処女はオトコサマ(男根神)で通姦され性事を覚へさせられたなんて。越後屋のやうな大店が丁稚から番頭までの男社会で新吉原の大手遊郭といはゞコーポレート契約を結んで店子の性欲処理まで管理とは。この〈女-性〉は明治に入り日本が近代国家主義になるなかで歴史上初めて公的に法的に男と区別され公民ではないことが明言される。明治の近代国家主義がなぜ男社会だつたのか。敗戦と戦後改革で女性の地位は平等が目指されたわけだが今もつて日本は世界的にも女性の社会進出の遅れた男中心社会のまゝなのが気持ち悪いかぎり。歴博に来たのは二度目で、できれば一日かけてでも常設展からきちんと見たいところなのだが今日はさうはいかない。水府の芸術館で午後2時から柳家三三師匠の独演会なのである。天気も不安定で高速で事故渋滞でもあつたら困るので用心して午前11時に佐倉を発つ。水戸と佐倉は電車だと乗換へ入れて三時間半はかゝり今日の日程では到底間に合はない。それが自動車だと高速道路で二時間。成田も同じくらゐだが東関道で潮来~鉾田間開通すると一時間半ほどになるのでは。でも自動車の運転は退屈で眠くなるし嫌い。
f:id:fookpaktsuen:20201206122755j:image

高座の落語をきちんと聞くのなんていつ以来かしら。三三は小三治の弟子で古典もしつかりやつて上手いと聞く。水戸芸術館はコロナ再開での座席はこれまで市松だつたが今日は×〇〇×〇〇×の2人相席1席空けの強気。もうコロナでの左右空席に慣れてしまつて隣に他人がゐるのが何だか気になるほど。ヒトの慣れとはかういふものか。お囃子(道成寺)が鳴つても三三師匠は出てこない。お囃子が終はつてしまつて、またアタマから流れてやつと出てきた師匠。用意も終はつて楽屋でのんびりしてゐたら「もうお囃子が流れてますよ」といはれ慌てたさうだが出てきてもまるで老成した名人のやうな落ち着きぶり。若手、若手と思つてゐたらもう四十半ば。老けて少し太り髪も古風な七三で風格あり。何だか面白くなささうにぽつりぽつりと語り始め本人が古典の味を愉しんでゐるのだらう。小三治師匠ほどマクラに執着もないやうだがマクラから本題への展開はぎこちない。最初は道具や。ほんの少しアレンヂがきいてゐる。それで中入りかと思ひきや「A続いてお話を」とまたマクラからで、あれ、この噺は何だっけ?とアタシもあまり落語を聞いてゐないのでちょっと思ひ出すのに時間がかゝつたが「星野屋」である。歌舞伎では「加賀鳶」に出てくる実在の人物・お花の話し。「星野屋」といへば六代目柳橋師匠が得意だつた。星野屋といへば水戸で「星のや」の星野リゾートによる偕楽園千波湖の観光計画頓挫を師匠はご存じか否か。中入り。本日の終演15:45と事前にあつたのが15:55になつてゐたが中入り後はマクラでもうその時間も過ぎて「素人鰻」。今の噺家で古典をやらせたら三三師匠はピカ一じゃないのかしら。上手い。品がある。ふだんもう落語をきちんと聞いてゐないので言へた立場ぢゃないが。それにしても演目もよく覚へてゐるなと出てきたらロビーに「本日の演目」と張り出しあり。さらりときれいな草書で、これも三三師匠?……こなれた筆で水戸でいへば書道家ではN先生のやう、芸術館にこれを書いた職員でもゐるのかしら……と思つたが地元の書家で昨年日展にも入つたY先生だといふ話も。
f:id:fookpaktsuen:20201206122759j:image

三三師匠は噺の枕で何度も正蔵をいぢつてゐたが親の七光りで麻生太郎の尊大ぶりも揶揄。ありゃ人に謝ることを知らない、いつも横柄と。噺家は卑屈なほど低姿勢だが、それに比べ講談は官方の正史を庶民に語つて聞かせるからなんてことも。今のガースーだつて誠意をもつてなどとのたまひつゝ何を聞かれても「お答へしかねます」ばかり。だがやはり言葉が浮つくことでは晋三だ、やはり白眉は。