富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

Topsのケーキ

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今年の831は国安法の恐怖ありながらも有志は抗議活動に参加。大公報は昨年の831で警察鎮圧の死者とされた市民は存命と報道。香港の学校は今月23日より順次、学校活動回復の由。同じ疫禍にありながら早々に夏休み短縮してまで復課してゐる日本。香港のこの慎重さ。


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もう九月。Googleの絵面すら曝書。だが昨日、今日と少しだけ涼しいが今どき曝書などしたら本が焼けてしまふ。

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NHKの晩6時すぎからの地方番組で水戸局に警察の特別防犯対策監だといふ杉良太郎先生登場。真顔で茨城の防犯について意識向上のため力説。真面目なお人なり。茨城を「いばらぎ」と呼んでゐたのは残念だが茨城でも地元で「いばらぎ」と濁りもあり。

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母が水戸京成百貨店でトップスのチョコレートケーキを買つてきた。 

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トップスのケーキ。店舗で初めて食べたのは中学生のときに赤坂のTBS会館地下の店だつた。確か林美雄アナが打ち合わせしてたな。それまでトップスのケーキは「東京お土産」で貰って食べたことはあつたがトップス&サクソンで後者の咖喱が日本のカレーライスぢゃないやつで干し葡萄とか混ぜたライスはTBSでが初で目から鱗だつた。ブクロの西武にも出店してゐて高校生のころは西武ブックセンター(後のリブロ)に行くと、ここでカレー&ケーキが楽しみだつた。でもなんで始業が赤坂からだったんだろ?といふ疑問は、このトップス&サクソンが赤坂のしゃぶしゃぶ「ざくろ」資本だつたから……といふことは今日まで知らなかつた。母はそれをちゃんと知つてゐた。 

朝日新聞(社説)安倍改憲 首相が自ら招いた頓挫

野党や批判勢力に必要以上の敵対姿勢をとる安倍氏の政治スタイルは、丁寧な議論を通じて幅広い合意を形成し、国民に問うという憲法改正のルールにはそもそもそぐわなかった。

何よりも、豊かで安心・公正な社会を築いたり、国民の意思を政治に正しく反映させたりするうえで、いまの憲法のどこに問題があり、どう正せばいいのかという、根源的な議論を欠いていた。

今後の憲法 論議にあたっては、自民党がまず態度を改め、いびつな「安倍改憲」の手法をリセットすることが不可欠だ。

今にして思へば晋三が背番号96のユニホームで始球式にマウンドに上がつたときは背筋が寒くなつたものだつたが96条改正から改憲に入るといふズルい手口は顰蹙かひ早々に引っ込めざるを得ず次は本丸の9条改正で理由が「自衛隊に誇りを与えたい」あたりで結局この人は何でも良いから自分が首相在任中に改憲といふ偉業を残したいだけなのだといふことが国民にもバレてしまひ国民の憲法改正の機運が晋三によつて萎えてしまつたとは。

<「1強」リーダーの実像>より亀井静香、青木理から見た晋三:朝日新聞

いま(安倍首相)本人は「史上最長の政権を率いたのに、やるべきことをやらないままだった」と残念に思っているのではないでしょうか。憲法改正では第9条の改正を言い続けました。彼が本当にやるべきだと思っていたのは国家のありようにかかわることです。なのに問題提起すらしなかった。(略)首相として自分の考えを堂々と語り、議論を引っ張るチャンスはありました。大事にしていたはずの国家観、いわば人間の「へそ」を失ったままダラダラと流されて政権を続けてしまったように思えてなりません。

 と、さすが亀井静香先生は晋三の小人物ぶりを的確に見てゐる。そして青木理氏の分析が鋭い。

憲政史上最長の政権を担った安倍首相はいったいなにをやりたかったのでしょう。「地方創生」「1億総活躍社会」「全世代型社会保障 」。ひたすら「やってる感」は演出しても真の課題に直面すると立ちすくんでしまった。「100年に1度の危機」のコロナ禍に適切な対応はまったくできませんでした。(略)安倍首相は、もともと政治家への強い志はありませんでした。「安倍三代」というルポルタージュを書く際、幼少期から青年期、サラリーマン時代を知る人たちを多数取材しましたが政治への志のようなものを聞いたという人はいませんでした。安倍家に生まれなければ、政治家になることさえなかったでしょう。

ひょっとすると首相になってからも「家業」である政治家を懸命に演じようとしていただけかもしれません。かわいがってくれた祖父・岸への敬慕に起因する右派イデオロギーはあったかもしれませんが、それも改憲運動を進める日本会議系の人たちに目をかけられ育てられたからでしょう。リーダーとしては神輿に乗るタイプなのだと思います。

「安倍1強」といわれましたが、政権基盤は決して盤石ではありませんでした。野党を含め周りが総じて陥没した結果としての「1強」であって「ほかにいないから」という消極的支持が目立った。その弱さを自覚していたからこそ、まつろわぬ者を過剰なほど攻撃した。そうした姿勢が「戦後レジーム」との闘いに見えたとしても当の本人が「戦後レジーム」の生み出した世襲エスタブリッシュメントなのは、皮肉な倒錯です。

かつての「三角大福中」、次の「安竹宮」も中二階の感じはあっても「これがしたい」という志を持っていた。それ以降の政界は世襲が当たり前の風景になり緊張感もダイナミズムも志も失われた。安倍首相はそんな時代を象徴する政治家だったのかもしれません。

晋三辞意表明のあとあれこれ何を言つても、もう致し方ないことなのだが、この悪夢はきちんと記憶に留めておかなければいけない。それにしても、この不愉快感。白井聡先生がその心情を吐露してゐる。

安倍政権の7年余とは(白井聡)「日本史上の汚点である」論座 - 朝日新聞

この政権が継続することができたのは選挙で勝ち続けたためである。(略)多くの日本人が安倍政権を支持してきたのである。この事実は、私にとって耐え難い苦痛であった。(略)数知れない隣人たちが安倍政権を支持しているという事実、私からすれば、単に政治的に支持できないのではなく、己の知性と倫理の基準からして絶対に許容できないものを多くの隣人が支持しているという事実は、低温火傷のようにジリジリと高まる不快感を与え続けた。隣人(少なくともその30%)に対して敬意を持って暮らすことができないということがいかに不幸であるか、このことをこの7年余りで私は嫌というほど思い知らされた。

そこで白井先生はこれから我々が何をしなければいけないか?を語つてゐるのだが、すでに失つた、崩壊してしまつたものがああまりにも大きすぎる。 

▼異論抑へ「簡易総裁選」決定 自民総務会、予備選挙要請へ:いかにも簡易で選ばれそうな菅某である。https://t.co/uKQmHToFch

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