富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

Carrie Mask


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香港市役所が今になつてやつと再利用60回可能だとかいふマスク配布開始。それについて大公報がこれで香港は再出発で一国両制を良化させようと宣ふが一国両制破壊する側から、その提言とは嗤ふばかり。

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その "Carrie Mask" 配給申請開始で今朝8時(香港時間)で私は134,723番目で、その時点で4,268人がオンライン登録待ちだつたが「3分後に繋がります」の予測でホントに3分後に繋がり1分くらゐで登録完了。2週間で郵便局から配達になるさうな。このマスクのデザイン、地味なのはよいが柄が女性パンツっぽくないかと指摘あり。確かに。それでも設計はアベノマスクに比べたらちゃんとしているしカビが生えることもないだろう。


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マスク配布は台湾や韓国に比べかなり後手/\ではあつたが、やるとなれば申請などこれほどスムーズなのはさすが。不評のアベノマスクは1ヶ月経つてもまだ来ず。「前例のないスピード感」は確かにこれほど「現実にはもたつく」がスピード「感」だけなら前例のないスピード感だらう。「独創性には欠けるが事務仕事は完璧で迅速」という日本神話の終焉と築地H君。このまま「なかったことに」か……まだ未配給のマスクを今頃、霞ヶ関のシュレッダー総動員して処分していたりとか。晋三言語なら

すぐにと申し上げたが、具体的な期限は申し上げていなかったわけでありまして、いわば、安心、安全を担保するという意味においてですね、まさに国民のみなさまのご期待に応え、やれることはすべてやり、先手先手で取り組んでいるわけであります。

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常陸野ネストビールが海外でも評判の木内酒造(酒は菊盛)が逼迫する「手指消毒用アルコール」需要に対してウイスキーの原酒「New Pot 70」を限定販売で入手。まさに烈火酒……さすがに飲みません。木内酒造は筑波山麓の八郷にウイスキー蒸留所を作り先月始動のところ最初の仕事がこれになるとは。木内さんはまた疫禍休業中の飲食店に対して仕入れて賞味期限迫る在庫生樽ビールを預かり無料で蒸留してクラフトジンにして返納という“Save Beer Spirits”なる取り組みも実施。敬服の至り。 

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大型連休は今日が最後で連休締めくくる和菓子は木村屋本店の「きみしぐれ」。本日午後から天気も崩れ夕方から大雨。近所のローソンにゆうパック出しに行く程度の外出が、まるで刑務所での日にわずかの屋外時間のやうな幸せ。母に頼まれローソンで「もやし」買つたら店員に「お箸🥢、入れときますか?」といはれ耳を疑ふ。モヤシは即食しない。もやしは生で食べれるの?生食は危険?!決め手は○○にあり?! ちなみに店員はエストニア嬢じゃなくて日系。さすがに「温めますか?」とは尋ねられず。「食品の場合にお箸」といふマニュアル通りなのだらうか。成田もやしはブランド。緑豆もやし|もやし・カット野菜の成田食品 落花生ともやしは成田の特産品だが「土地が痩せてゐるから空港でも造ってやれば」の成田空港。「羽田がもう限界」だから、で「致し方なく多大な犠牲を払っても」で百歩譲つて成田に新空港建設許容ならまだ理解できるが、それからの羽田拡張となると「あの成田の犠牲はいつたい何だつたのか」と許せない。羽田拡張は凄まじいものあり新ルート開設。新しい使われ方(滑走路と飛行経路) - 羽田空港のこれから - 国土交通省 60〜70年代の市民意識だつたら、この新ルートなど絶対に許容されなかつただらうが抗争どころか声もあげない国民をなめきつた先が今の政治と政治学K先生。

樋口先生の岩波新書では1989年の『自由と国家−いま「憲法」のもつ意味』、1999年の『憲法と国家−同時代を問う』に続く三冊目。世界的なポピュリズム、日本の安倍政権……人類が何百年とかけた寛容性としてのリベラリズムや民主主義の存続も危ぶまれるなかで樋口憲法学。「絆」とか集団主義はちょっと生理的に苦手だが「個人ありき」で、その個人が自主的に連帯する社会といふ味方。自衛隊の非軍事部分での社会生活維持貢献。「国民統合の象徴」としての平成天皇の実践(「日本国の象徴」とは別なるもの)。樋口先生が教へ子の蟻川恒正の憲法解釈を評価して引用が印象に残るところ。

非国事行為の場面での天皇の制度を支える原理とすべきは、天皇の地位にある個人が天皇の「務め」を遂行するに当たって行使する「自由と責任の原理」でなければならない。

これは平成天皇の自然災害での見舞ひや生前退位についての動きなどを何う評すか、なのだが樋口先生は蟻川君の指摘を「国民主権にとって容易ならざる命題を明示することにより、全き意味での主権者であることを放棄するか否か、それを正面から国民に問い直した」とする。天皇にまで「自由と責任」の命題を掛けることの意義。