富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

東都その② 築地

農暦四月廿七日。晴。朝イチで某ラジオでコメント仕事一つ済ませ書き物少し。鳥居坂旅寓退房。麻布十番から大江戸線築地市場。築地川も埋立てられて久しく、それでも道路の高低差で川の土手がわかるところ、門前跡から旧・小田原町に入れば空襲なき土地ゆゑ未だに仕舞た屋、長屋も少なからず。


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大宗旅館。今晩の一泊で今は荷物だけ置かせてもらふつもりが女将さんに二階に案内され今日は他の客もないので二部屋のうち好きな方お使ひくださいといふので折角なので広い方の部屋選ぶ。


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あとで聞くと、この部屋が先代夫婦の寝室だつたさう。元々は日本橋の魚河岸で魚扱つてゐたが震災で焼け出され魚河岸が築地に移つたため、このお家も越して来たのださうだが昭和2年にこれだけの隅々の意匠に迄凝つた家屋を普請されたのだから当時、相当な商売されてゐたのでせう。夜になつて聞いた女将さんの話では昭和38年にこの家に嫁いださうだが当時は旦那の両親、兄弟とそれに店の番頭にも部屋宛はれ住込みの若衆まで、この家に同居だつたといふ。それが築地での商売閉められ家族も減つたことで折角の普請の建物なので二階を旅館にされたもの。場外まで還る。場外といつても肝心の市場が豊洲に移つてしまつたのだから市場の内も外もないが「場外」は未だに素人客溢れ、外国人が8割。中国人が多さうだが西洋人がこんなに目立つとは驚く。

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それでもトイレのマナー表示が中文、しかも簡体字だけなのが何とも。築地といへばで久々の再会でT君に誘なわれ浜茂鮨。

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このにぎりがHKD100なのである。賑はう路地の店舗の二階で、さすがにこゝまでは観光客上がつて来ず。食後に喫茶マコ。


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T君も久々ださうで「まだやつてゐるかな」と狭い通路の階段上がると女将不在で若い男性が店番されてゐる。T君好物の「スタミナジュース」頼むと、それは今はやつてゐないとのこと、壁に今年3月だかの日刊スポーツの記事あり、すでに女将、御年九十余は相変はらずお元気だが昭和36年創業でさすがに60年近い年月に引退決意され喫茶マコも廃業となるところ喫茶マコの灯を消したくないと後継の経営の仕組み作られ再開なのだといふ。T君と静かな喫茶で情報交換。T君仕事に戻りアタシは残つて少し書き物。日比谷線都営三田線で神保町。こゝも久々。地下鉄から地上に出るとカレーのにほひ。

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まずは田村書店。ロッパ日記4冊揃、百閒全集……安すぎ、でも買つちやいけない。三茶書房へ。

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いろ/\読みたい本もあるなか「今日はこれだけ」と『ユリイカ』1988年の増刊「大友克洋」買つたらご店主に「帽子が自然にお似合いですね」と言はれ、何故か入江侍従長の話に至り(神保町は帽子かぶる紳士少なからず、その中で「帽子が似あふ」と褒められるとはこそばゆいと恐縮だつたが帽子の話となり英国人も東京に来ると今でも帽子かぶる男性が多く興味深いさうでといふ話をして「日本人と洋装」といへば、それにしても女性皇族が儀式の時に並ぶ、あの揃ひのドレスと礼式の帽子はどうも似あはない、男性のタキシードなどはまだマシだが、それにしても先帝(昭和)も背後に入江侍従長が立つとあちらのほうが失礼ながら威光があつた……といふ話に至つたこと)ご店主に私が日記も直筆の原稿も持つてゐると言つたら、店主「相政さんから若いじぶんに直接頂戴した」という書を見せてゐたゞく。楼上のご自宅に飾られてゐるもので「客にお見せしたのは初めて」とださうで恐縮至極。「もう、かういふ話をわかられるお客さんも少なくなつて、かういふ話ができるのが嬉しい」とご店主。岩波書店アネックスビルの泰川堂書店へ。日本地形社のコンサイス都地図(昭和15年)入手。小学生の頃に父愛用の昭和33年版借用して紛失してしまひ、ずっと気になつてゐたもの。お会計のとき泰川堂書店の女将に一言「マフラー似合うね!」と言われる。何ともこの気っ風が江戸の如し。

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銀座に戻り夜の会合まで数寄屋橋の路地二階のバーに飲む。夜の会食はまた築地の予定だつたがお相手の一人が銀座にゐるとわかり「さんぼあ」でハイボール飲んでから築地へ。すし大本館に飰す。