農暦四月初一。曇。薄ら寒。毎日新聞の読書欄に陳浩基なる香港の推理小説家の『ディオゲネス変奏曲』(稲村文吾訳、早川書房)の評あり。
借りた場所、借りた時間……わたしのような世代の人間には、この言葉はすっかり頭の中に刷り込まれている。ハン=スーインが書いた自伝的小説の中に出てきて、その映画化〈慕情〉でも使われて有名になった、香港という都市を表す言葉である。その言葉が人口に膾炙してから半世紀以上が経過した今、わたしたちが香港に対して抱くイメージは様変わりした。ブルース=リーの出現を契機とした香港映画の隆盛はめざましく、カンフーブームのみならず、1980年以降には俗に香港ノワールと呼ばれる香港製の犯罪映画が流行し、現在に至っている。そして今、わたしたちが受容する香港発の文化に、もうひとつの注目すべき存在が加わった。それは、2017年に翻訳紹介され、ミステリ界の話題をかっさらった『13・67』の著者で、台湾でも活躍中の香港生まれの作家、陳浩基である。
と始まる若島正による書評は、その『13・67』が好評だつた著者の推理小説といふジャンルと香港といふ土地柄を超へた新境地について。香港にゐながらにして陳浩基といふ作家のことも数年前に台湾から火がついたらしい『13・67』といふ小説のことも寡聞にして知らず。小雨のなかジムに行つたついでに誠品書店に寄り中文現代小説の棚で陳浩基を探すが見つからず勘定場で尋ね「在庫あるのでお持ちします」待つて書店をぶらぶらしてゐると『13・67』は壁の大きなベストセラー棚に中文書籍で三番目くらゐに陳列あり。『13・67』は2014年に発売されて和訳が日本で推理小説の賞とり評判となつてゐたやうだが昨年改訂版出たことでリバイバルのやう。そして今年になり刊行の『第歐根尼變奏曲』の二冊贖ふ。
今年になり誠品書店で購買少なからず先日、数年ぶりで誠品書店の何某会員になつてゐたので9掛はありがたい。午後、沙田からの競馬中継。2レースので予想は確実に的中だつたのに馬券購入で失敗り我ながら集中力のなさに呆れる。『13・67』は前述の書評によれば
六本の中篇を集めた連作警察小説の形式を取り、最初は現代に始まり、最後には半世紀前の「借りた場所、借りた時間」の時代へと逆行していく。この連作集は、ひとつひとつが独立した古典的なミステリとして読めるような体裁を取りながらも、全体として見れば、香港の独特な歴史がくっきりと浮かび上がる長篇小説になるという、気宇壮大な仕掛けがみごとに成功している傑作だった。香港を代表する映画監督の王家衛が映画化権を獲得したというのも、なるほどとうなずける話である。
王家衛の映画完成は5年後か10年後か、またワケのわからぬストーリーなのかしら。この『13・67』のうち最初の、つまり最も現代に近い『黑與白之間的真實』を読む。推理小説なんて日本語でも登場人物の多さや人間関係、経緯などやゝこしいわけで中文でも然り。邦訳がどの程度のものかはわからぬが香港モノなら俗語も含め正字中文の方がよりリアルかもしれない。この一連の話にわたる關振鐸といふ主人公の最期を描く物語。面白いが、こゝの舞台になる或る富豪の殺人事件で証拠不十分の真犯人が最後にしでかす殺人は一寸、無理やりな感あり。それでも李嘉誠ら戦後の香港で成功する富豪や、それを取り巻く人々の半生を劇的に描いてゐるのは確か。