富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

Zaha Hadidの世界

fookpaktsuen2017-04-03

農暦三月初七。日本は新年度で香港の日本人社会も異動やら学校のやうにまだ春休みな感じ。運転免許証の書き換への通知が運輸署より郵便で届く。10年に1度。黙つていても通知が来てHKIDと住所証明する公共料金等の支払いのコピー、費用(HK$900)を小切手で郵送すれば免許証が送られてくる。簡単。ちなみに70歳以上だと医者の運転免許適正の証明が必要で書き換へ期間は3年→1年と短くなる。合理的。それに比べ日本は……。日本といへばやつとのこと外国人労働者の受け入れで外国人家政婦も条件限定だが認可。パソナだかの入社式に、研修終へたフィリピン人家政婦も参加。女性はみなひっつめの髪型にダークスーツで、そこまでするか、と驚くばかり。久々にFCCに早酒独酌。晩に家人と鰂魚涌に待ち合はせTaikoo PlaceのArtistreeでZaha Hadidの創作イメージの回顧展。デッサンや建築の抽象的イメージ図などは磯崎新がコンペの選出委員長で全うな案がないなか「捨て案」の中から発掘したといふZahaの香港ピークトラムのイメージ図が数多くあり。当然のことながら、このコンペで磯崎先生が推しても奇抜さや建築の難度等考慮され実現しなかつた後に著名になつてからのZahaによるイメージ拡散画が多数。個人的にはもつと建築模型等の展示が多いと思つてゐたので抽象的なイメージの理解に感性乏しきアタシはちょっと消化不良。Zahaの東京国立競技場案は個人的には全くダメだが、あの案が一旦選ばれた挙句に廃案となり、そしてZahaの死去。東京の廃案は直接の死因ではないにせよ「もし、あの廃案がなければ」と思ふのはアタシだけかしら。アピタでテイクアウトの寿司買つてきて飰す。家人は今朝、親知らず抜歯でスープ啜る。

Googleがエイプリルフールに合はせ4月4日までだか、でGoole Mapで地図を「パックマン」のゲームで遊べるおふざけあり。かういふのを見ると「皇居はどうよ?」と思ふアタシ。早速やつてみるが皇居内は不可で(単純に道路がないのか)二重橋前広場だけ。さすがに皇居内でパックマンではご散策中の天皇皇后両陛下にお合ひでもしてしまつたらパック!とは出来ないし嘸や困るか。
▼晋三政権崩壊に繋がらないか、と期待した森友醜聞も何だか後が続かず。これがもし民主党政権だつたらやんややんやで政権批判となるところ今一つで不発。何よりも今の自民党政権がそれなりに暮らせて、それが崩壊=民主党政権復活(には議席も足りなさすぎるが)に対する漠然とした不安かトラウマがあるのか。少なくとも昔なら社会党政権交代はなくても自民党の中の派閥と自浄作用が働いたが、それが今の自民党にないのも問題。

人間の体には体内時計があります。日の出とともに起き、日暮れとともに眠くなるのが、本来の人間の姿です。これが崩れると健康でなくなる。うつなどの障害もおこり、他人との関係でも悩みが増える。どんどん幸福ではなくなってしまいます。
本来、労働は政府や会社が強制するものではないのに、人々が「働かなければならない」と追い込まれているのであれば、やはりおかしい。日本のような先進国で、これまで独創的な発展をしてきて知識も情報もあるはずなのに、なぜストレスが増えて、幸せを感じなくなっているのでしょうか。
幸せになるというのは、終わりのない旅路をゆくようなものです。完璧に達成した国はどこにもありません。ですから、何らかの形でこれからもずっと努力してゆかなければならないのです。貧困に2種類ある。
絶対的貧困相対的貧困である。生死にかかわる絶対的貧困は途上国の問題と言える。他方、相対的貧困とは、たとえば「携帯電話は持っていても、新しい服など買ったことがない」というたぐい。つまり所得格差の問題であり、先進国の課題に違いない。
標準世帯の所得を基準とし、一定の計算式で導く低所得世帯の存在比率が「相対的貧困率」である。この指標は政府が調査を始めた1985年の12%から増え続け、12年に16.1%へ達した。経済協力開発機構OECD)加盟34カ国間の比較(10年)で6番目に高いという。