農暦二月廿二日。雙連を抜け迪化街へ。迪といふ字は音は「テキ」で読みは「みち」で「教え導く」の意。迪化街は di hua jie (テキカ街)。戦前は永楽町で市場は今も永楽市場。其処の林合發で油飯。近くの食肆で米苔目(ミータイムー)も啜る。暇な午前、どうしませうかといふことで家人の提案で寶藏巖國際藝術村へ。北門站から公館站まで捷運で。そこから西の新店渓と南の高速道路に面した小高い丘をぐるりと巻いて登ると宝蔵巌といふ寺で、その奥にこの藝術村あり。山肌に張り付くやうな苫屋の再開発で家屋はそのまゝ芸術家に貸し出し。一般参観は午前11時からださうで1時間近くあり引き返す。散歩なので中の参観はなくてもいゝのだが。公館站から中正紀念堂站まで戻り南門市場。食材買ひ出し。捷運で石壁まで北上。站前で南京牛肉麺啜り路線バスで信義路の温泉へ。湯治。市内に戻り買ひ出しの家人と一旦別れ書店巡り、徘徊。早晩に林森北路で医師で地唄舞もされる文章兄と合ふ。ちょうど日本の連休で来台中。目的は多種多彩な兄の古琴研究。日本の(中国にも残るが)「箏」ではなく「琴(きん)」。林森北路の馴染みのスナックへ。文兄から東皐心越(1939〜1696)の話を聞き来日のあと国内の旅に明の探りの者かと疑はれ囚はれたところ徳川光圀の尽力で水戸に移り天徳寺、のちの祇園寺に身を寄せた話に繋がる。祇園寺は元々は水戸の河和田村で後に現在まで八幡町に残りアタシの出た高校は祇園寺の隣でご学友と屢々授業をサボつての一服で境内を汚してゐたのは大変申し訳ない話。久々の博覧強記なる文兄との歓談は閉まつてゐた記憶の抽斗をいくつも開けてくれて実に面白い限り。款語尽きぬが食事の時間で文兄に同行の若きV君と三人でタクシーに乗り松江南京。家人も来て四平街の四平小館で酸白菜鍋。歓談数時間の後にタクシーで林森北路まで戻り公園傍で暫し話続きお開き。
@fookpaktsuen: (政治断簡)私にもスケベ心はありますが 政治部次長・高橋純子(朝日新聞) URL
幼稚園児に教育勅語を暗唱させる。差別的言辞を吐く。籠池氏の言動のいちいちに驚きと怒りを禁じ得ないが、そんな氏に「拍手」を送り、いまは知らん顔している政治家や有名文化人らの魂の所在を考えずにはいられない。(略)
「敵」を仕立てて被害者面をする。己の責任には無関心で、詰みそうになっても認めず、時に逆ギレして盤面を荒らす――。私の見たところ、これが森友学園問題の登場人物の基本パターンで、それはどうも「お国のために頑張っている=自分は間違っていない」という無敵の脳内等式に支えられている模様。「愛国心は無頼漢の最後の避難所」(サミュエル・ジョンソン)とはよく言ったものである。
さて。首相は最近、国会で「印象操作だ」を連発し、13日の福島瑞穂参院議員の質問には、「あなた責任とれるんですか」と声を荒らげた。
憲法は国会議員の国会での発言に免責特権を認めている。全国民を代表しての、自由な議論を保障するためだ。
国会において首相は受験生、質問者は面接官のようなもの。受験生が面接官を、ひいては国民を恫喝する異常事態。政治家が説明責任や道義的責任を放棄するな、主権者は奴隷じゃねーぞ――と脳内デモ決行中に、自民党の新ポスターのキャッチコピーが「責任を果たす。」だと知る。
@fookpaktsuen: 10年前、躓きは疑念から始まった 曽我豪(朝日新聞) URL URL
@fookpaktsuen: 批判村上春樹 - 沈西城 URL