富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2016-12-26

農暦十一月廿八日。快晴。今日はBoxing Dayの休日だが引き続き官邸で残務整理。日本も年末モードでメールも電話も来ず気楽。早めに帰宅。岩城けい著『Masato』読む。晩にうどん煮て啜る。山川三千子著『女官』(講談社学術文庫)読む。
岩城けい著『Masato』(集英社)は著者の小説の組み立てと書きっぷりが見事とかなり評判を聞いてゐたが納得。小説嫌ひのアタシが一気に読んでしまつた。海外の「異文化」の中に放り出された駐在員家族で子どもの成長……といふ海外に住む日本人としては「ありきたり」で違和感どころか「わかりやすすぎる設定」で読んでゐても飽きるか、と思つたが、とにかく上手い。ただ上手すぎて12歳の男子が一人称で書く小説としては不気味(笑)。よほど大人になつて、しかも自分が作家にでもなつて、の半生記とでも納得しようか、と思つたが、少なくても村上春樹の『海辺のカフカ』の僕のやうなナルシスティックな気味悪さはないのはマシ。それにしても家族の中で母親だけが何だか可哀想。
▼山川三千子(1892〜1965)は公家の久世通章(子爵)の女で1909年、宮中に出仕し内侍として明治さんと皇后に仕へ大正さんの関心も余所に明治帝崩御のあとは昭憲さんに従ひ青山御所に移る。昭憲さんお隠れで京都の実家に戻り山川操(明治に宮中で仏語通詞)の倅に嫁ぐ。宮中でも御内儀で、そこに綴られる話が目上の典侍から供された細長い魚が公家を里にする女官らには珍しく美味しい珍しいお魚と思つていたゞいたのが秋刀魚だつた、とか里で親族の不幸に返れぬ場合のため宮城内に「下り所」といふ忌服の場所があり家来も連れ女官はそこに籠るのだが、そこで東都生まれの侍女が内緒で作つてくれた牛肉のすき焼きが美味しかったとか(忌中に!)、明治さんが晩年、京に行幸したいが費用もかゝると悩み(日露戦争後の国庫資金繰り難)そこで「な、天狗さん(鼻の高い昭憲さんのこと)、本願寺の坊主大谷を侍従長にしたらいい」と、これは「大谷が馬車で方々歩くと生き仏様だといって信者がお賽銭をたくさん上げるそうだ、だからね、侍従長にして陪乗させれば、その費用も出るよ」と笑つた……そんな内儀の女官だからこその「ちょっといゝ話」なら他愛ない。しかい三千子の語る話は実に生々しい。それも女官同士のあれこれなら江戸城の「大奥」のやうだが、女官が見聞の一切は外に語るはご法度のところ戦後、明治から大正の宮中物出が作家らによつて綴られ発表されるのを読むにつけ三千子は自分の識るお上と皇后の実像とは違ふと感じ、かなり露骨に(殊に大正さんと貞明さんについては)三千子の主観でもつて記述。「解説」で原武史も指摘してゐるが、明治帝がもつと長寿であつたらとか、もし昭憲さんが明治帝の男子を産んでゐたら(大正さんの母は権典侍だつた柳原愛子)「日本の歴史の一部に変更が」等と、かなり強い主張は驚くばかり。
毎日新聞山田孝男(風知草)が天皇について(居てくださるだけでなく)。明らかに聖上自身が目を通すであらうこと意識したやう。2004年秋の園遊会での米長邦雄への国旗国歌での苦言、2013年の晋三による主権回復式典についての沖縄復帰(1972年)への言及と天皇陛下万歳三唱への困惑等取り上げ聖上の「国民の間で意見が分かれる問題では一面的な断定は避ける」平衡感覚をほめる。杓子定規に言へばいずれの例も天皇の言及は憲法4条(天皇は国政に関する機能を有しない)違反の可能性あるとしつゝ「大方の国民も法律家もそれを問うまい」。聖上が政治的に微妙な問題では「平和は人権などの憲法原理を踏まえ必要と判断された時のみ言葉を選び考え抜かれた表現で発信される」(これが晋三らにとつては癪なのだらうが)。今年8月の退位に関する言及も

退位に反対、または慎重な専門家の念頭には昭和天皇があるようだ。「陛下は居てくださるだけでいい」という。(略)陛下が即位以来、形作ってこられた象徴天皇は、皇居の中におられるだけではない<動く天皇>だ。<動く天皇>の最大の障害は年齢と健康である。だから国民は退位の表明に共感した。国民は、居てくださるだけでなく<動く天皇>の継承を求めている。

際どいところだが果たしてさうだらうか。さう思ふと怖い。本来なら天皇に象徴的行為など求めなくても良ければ、それにこしたことはない。聖上も自らが動かずに済むなら、さうしたいだらう。だが皇居に隠遁してゐるには世の中がかなりヤヴァい、脆いとわかるから動かざるを得ぬ。今上様のそれは良いが「好ましからぬ」人物が天皇になる可能性もあること考へると安易に<動く天皇>など求めてはいけない気がするのだが。

Masato

Masato

女官 明治宮中出仕の記 (講談社学術文庫)

女官 明治宮中出仕の記 (講談社学術文庫)