富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

顯徑探訪

fookpaktsuen2015-05-25

農暦四月初八。佛誕。昨日までの雨天とはうつて変はり猛暑猛々し。Z嬢と北角からフェリーで九龍城碼頭。95B路線のバスに初乗り。土瓜湾から九龍城経由で獅子山隧道潜り大圍近くの顯田村。隣接の顯徑邨といふ公共団地の向かふでMTRの沙中線の工事中で多少不便だつたこの界隈も顯徑站開業で中環まで乗り換へなし。顯田村の村も地産獣による開発の魔の手がっ……といふわけでZ嬢の発案で今日のお出かけ。漫ろ歩きのあと金城小厨といふ顯徑邨の熱食で珍しく飲茶。この食肆、典型的な公共団地の熟食亭*1で簡易建築なのだが増殖の結果、冷房完備の頑丈な建物と化してゐる。顯徑商場の運動具店で何故か長靴贖ひ今度は観塘碼頭往きのバスに乗る。観塘碼頭からフェリーで北角に還る。帰宅して冷たい啤酒。読書。晩飯のあと見もしないテレビ録画大量に溜まつてゐたのでNHK山下洋輔「旅のチカラ」チェニジア編を見る。山下洋輔の数年前の訪問のあとジャスミン革命。当時共演したミュージシャンを訪ねる旅。相変はらず格好いゝ洋輔先生、現地でのミュージシャンとの会話で革命のことを咄嗟に「ハプニング」と英語で、はさすがジャズマン。山下洋輔といへば昨年末刊行になつた『ドファララ門』も読みたい。師匠の父の家系も凄いが母の小山家も洋輔の祖父は小山松吉(齋藤実内閣司法大臣)で大伯父の高瀬真卿は渋谷区羽澤村に東京感化院創設(今の東京女学館)。父方の祖父(山下啓次郎)も明治の五大監獄設計の建築家で奇しくも監獄と感化院といふ建築でフーコー的に結びつく。同じくNHKで「にっぽんの芸能」見ると団十郎勘三郎成田屋に続き中村屋までが「昨年」亡くなり、といふ追悼番組だといふことは2013年の番組で「さよなら歌舞伎座」公演は団十郎助六勘三郎が酔人で愛嬌振りまく。20年以上前の二人の「道行」。忠臣蔵の塩治判官は梅幸のそれを継承したいといふ勘三郎の熱演も相手が晩期の富十郎で聊か新派の芝居に見えなくもない。この番組の最後の歌舞伎入門コーナーで「花道」の説明で流れた映像は平成15年の京屋の揚巻。晩期の雀右衛門のジュサブロー的衣装で雰囲気はまさに八犬伝の玉梓。
▼水田といふと平田で低地に広がる印象だが江戸時代に灌漑整ふまでは山間の窪地で細々と稲作。そりゃさうだ。それが18世紀に全国的に大規模な水田開発続き飽和状態=地味(ちみ=土壌の良し悪し)の低下。肥料調達が必要となり稲作も貨幣経済に巻き込まれたが稲作と米食が産業としての成長の限界となり、それを克服できず米不足や打ち壊しなど起きて幕藩体制の崩壊の要因に。うーん、マル經的。この話を見ても江戸時代をたんに「低成長のモデル」にはできない、と『江戸 日本の転換点 水田の激増は何をもたらしたのか』(武井弘一著、NHK出版)の書評からの書き取り。
▼日経の世論調査で安保法制の今国会での成立に賛成25%、反対55%といふ結果。自衛隊の海外活動拡大は賛成41%に反対44%で逆転。辺野古基地は賛成33%に反対48%と国民は明らかに晋三の軍事化に反対。それでも内閣支持率は50%を維持(不支持は36%)。

ドファララ門

ドファララ門

*1:一個四方形、尖頂的小型建築物,屋頂中間有拱形排氣口。因為外形像冬蝱,被人們稱為「冬蝱亭」。