富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

泉州正骨跌打

fookpaktsuen2015-05-08

農暦三月二十日。北角の英皇道を通ると広東、福建、江南各地の同郷人会など看板いくつもあり、この一帯が大陸赤化からの避難民居住区だつたこと今でも思ひ出す。そのなかに「泉州正骨跌打」あり泉州は正骨跌打の治療が有名なのか、たんに泉州出身の師傳営むだけなのか。岸和田に岸和田整骨院あつても驚かないが神戸に岸和田整骨院あつたら「ん?」と思ふわけで。
▼朝日で再連載中の漱石の『それから』(第27回)で主人(代助)より先に茶の間で新聞読んでゐた書生(門野)が代助に「どうも『煤烟』は大変な事になりましたな」と語りかける、これはアタシが好きなシーン。これに続き代助から、読んでゐるんですか、毎朝、面白いですか、面白いようですな、どんな所が、どんな所がって、さう改まって聞かれちゃ困りますが……と書生は「現代的な不安が出てゐる」点を挙げる。これに代助は「肉の臭いがする」と言ふのだが、『煤烟』は漱石門下の森田草平の作品で愛人(らいてう)との恋愛沙汰を小説化、当時、東京朝日に連載されてをり、それを読むシーン。この草平に続き漱石の『それから』が連載されるわけで「当時かうしたタイムリーな記述どれだけ革新的だつたことか……」なんて見方は実は一辺倒で、江戸の昔から巷間でも講釈や芝居、草紙本などでもタイムリーな時事ネタ取り上げられるのは今のニュースやテレビのバラエティ番組と同じ。岩波の雑誌『図書』今月号ぱら/\捲ってゐたら中勘助についての連載あり(第1回)。筆者(菊野美恵子)の祖父の妹が中勘助の兄・金一の妻。この兄妹の父(筆者の曽祖父)が野村靖。大阪「都」住民投票間近だが東京府が「都」になつたのは戦時中の昭和18年、その半世紀前の明治38年東京府廃止で都制実現を帝国議会に法案提出したのが、この子爵(廃案で第二次伊藤内閣の内務大臣を辞任)。その野村靖の兄が松下村塾で松蔭に学んだ入江九一蛤御門の変久坂玄瑞率ゐる隊に加はり傷を負ひ自刃。同じく負傷で自刃覚悟の玄瑞に「おぬし髪が乱れてをる」と懐から櫛とり出し微笑みながら玄瑞の髪を梳つてやつた……といふエピソード、菊野の連載にも書かれてゐる。