富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

Tom à la ferme

fookpaktsuen2015-01-10

農暦十一月二十日。快晴。土曜日だが官邸で独り書類整理。今日は「読売」巨人「軍」の原監督が東海大の現地同窓会の招聘で来港、日本人学校で講演会あり八百人だか鳩まつた由。野球に興味がない上に巨人軍及び読売新聞が大嫌ひのアタシには全く関係ないが。早晩に佐敦。バーに独酌。赤ワイン二杯。油麻地のCinematiqueでXavier Dolan監督・主演の映画“Tom à la ferme”見る。ゲイ扱つた映画だがTom at the FarmといふタイトルはTom of Finlandとは関係ないのかしら……ないね(笑)。戯曲を元に30日だかで脚本を書き上げ17日間で撮影、しかもかなり凝つたキャメラワークだが編集も面倒な今どきフィルム撮影なのだからグザヴィエさん大したもの。サイコサスペンスで、どこかヒッチコック的。主人公のトム(グザヴィエ)が同性の亡くなった恋人ギョーム(映画には登場しない)の殯儀のためギョームの故郷訪れるのだが、ギョームの母アガット、存在すらトムはギョームから知らされなかつた兄フランシス、この2人の本性、ギョームも含め何をどこまで知つてゐるのか、その本当の関係は……と考えるだけでもぞく/\だが、トムの黒色の車はなぜ扉だけ交換した?灰色なのか(予告では車の扉が飛んでゐる)、携帯電話が圏外となりメガネの破損(常態からの疎外)、フランシスと供にする寝室の寝台の位置関係、シーツの整頓と乱れ、俯けの寝姿、田舎町の酒場の名前“Les vraies affaires”の意味の含み……一つ一つのシーン、シークエンスもいちいち解釈可能。映画はこの3人のほかにギョームがゲイであることを知らぬ母にギョームの恋人と嘘つくために現れるサラ、そして田舎町で酒場“Les vraies affaires”営み、フランシスの過去をトムに語るエマニュエル=タドロス、この助演二人も見事(とくに後者)。ギョームの不在は邦画なら『桐島、部活やめるってよ』も同じだが、それだけで不安。フランシスのホモフォビアと母への愛の飢へと不抵抗、母自身の存在と葛藤、不明なまゝのフランシスとギョームの関係、フランシスの暴力に恐れつゝ許容から順応に至るトムの精神状態……サラを除けば一人として真っ当ではない、が暴力と愛情、ホモセクシュアリティホモフォビアの表裏一体、都会と田舎……あらゆるものが104分ほどの映画のなかで相剋してゐるのだから。……といろ/\解釈はありますが一言でいえばXavier Dolanのナルシズムの美学……まことにフランシスとのラプソディー的なタンゴの踊り、フランシスに首を絞められての恍惚の表情、酒場Les vraies affairesで黄色いネオンサインに照らされてのシーンは極み。全てが完ぺきだが最後の、家を出てから追いかけられ、車を盗んで……のシーンの演出、意味づけはもう少し考えてもいいと思へたのはアタシだけか。
▼最近あまりちゃんと読んでゐない信報だが(とにかく面白い記事が激減)七日の社説「日本「正常化」不可迴避謝罪正常化」から引用。

假如日本真的希望成為一個正常國家,最起碼的應有之義就是向鄰國來一個毫無保留的正常謝罪,不要含糊其詞,切勿態度閃爍。情況就好比二戰之後的西紱以及後來與東紱統一的紱國,衷心謝罪換來的是各國的尊重,有助於該國迅速正常化,並且成為歐盟龍頭。(略)
鄰國對於日本修改憲法充滿顧慮,歸根究柢最主要的原因正是該國缺乏正視歷史的道紱勇氣,尤其是安倍背後的右翼勢力往往對侵略罪責文過飾非,最極端的是連證據確鑿的南京大屠殺也矢口否認,若然日本透過修憲而擁有集體自衞權,鄰國擔心所謂自衞其實是攻擊。
既然美國要求日本先向鄰國謝罪,那麼日本若要「正常化」,不可能迴避謝罪正常化,套用中國國家主席習近平的講法,誠心向鄰國道歉必須成為日本的「新常態」。

年末とへば清水寺の坊さんが書く一文字だがFT紙の昨年末の一言は Inequality(不平等)。この記事は必読。中共的に見れば香港の若者たちの「反社会的」行動は彼らがいかに「洗脳」されてゐるか、で、それに対して正しい教育で「補脳」が必要だといふ……呆れて言葉もなし。スリランカインドネシアもさうだが日本でいへば沖縄くらゐだが選挙民が真っ当な判断をして、その政治的判断が国政を動かしてゐる。それに比べ日本の政治的民度の低さよ。

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