富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

大洗の魚来庵

fookpaktsuen2014-08-26

農暦八月初二。快晴。二日続けて帰宅前にいゝ気分。晩に高野山の角濱の胡麻豆腐いたゞく。片山杜秀『近代日本の右翼思想』(講談社選書メチエ)読了。日本近代の右翼思想を片山先生は「現在と切れて過去にたどり着きたいと願いながらも、過去の代表者でありつつ現在の日本を支えている天皇に導かれ、ねじれて現在にのめり込み、現在を礼賛して終わる」挫折への宿命的な道を有してゐる、とバッサリ。「好ましからざる現在」の代表者である天皇が「好ましい過去」の代表者でもあるといふのは、まさに尊き今上陛下が好ましからざる戦後民主主義体制の体現者であるといふ現状そのものだが、その天皇に過去の美しい日本をも代表させるのだから「現在と過去が癒着した迷宮」に陥ることになる。なぜ「失われた理想の過去をもちだして現在の国家のありようを超えていきたかったはずの右翼が、もとは否定したかったはずの現在という一点で安心立命するに至る」その思想の流れをつきつめるのがこの本の意図するところ。そこで北一輝大川周明石原莞爾井上日召らから始まり、その革命思想がなぜ現実の肯定になるのか、といふところで安岡正篤の大正的な教養主義を引き合ひに出したのは成る程、だが正篤を以てして近代の右翼思想をまとめてしまふのは如何なものか、といふ気もしないでもない。『ドクラ・マグナ』の夢野久作長谷川如是閑も広義ではさうした右翼の一員となる。この右翼思想の本に三木清まで出てくるのも興味深い。片山先生が予想以上に丸山眞男の流れにあること。革命目指すべき右翼思想が教養主義的になり体制との時間の流れの中で思想から身体言語となり最後は「ありのまゝの日本を防護する」「美しい自らの様を不惜身命の境地で捧げる」といふ点に至ると、もしや戦後の憲法での「非武装中立」も日本の伝統的な保守思想なのか?とすら思ふかどうかは別として、革命が現状維持の保守となり美しさ見いだし……の最後が死に至る、といふのだから右翼の立つ瀬もない。この本の大切なところは「はじめに」と第1章「右翼と革命」に書かれてゐるのだが、この第1章が片山先生の大学の卒業論文だといふのだから驚くばかり。この本で一つ興味深いエピソードに「魚来庵」の話あり。金解禁断行の井上準之助蔵相を殺した小沼正の自伝からの引用で「水戸における深夜の宴会」の下り。血盟団の皆さん昭和5年に安岡正篤に会ふ場面で、安岡の教養主義に連中は「こりゃダメだ」と思ふのだが、その場所は「魚来庵」とある。水戸に魚来庵なんて料理屋があつたかしら、と思つたら大洗海岸に今もある明治の尾崎紅葉漱石の頃からの旅館。大洗といへば地元の茨城交通の竹内勇之助が明治の元勲の田中光顕らの力を借り水浜電車の開発で、常陽明治記念館が建てられ敷地内に日蓮宗護国寺を建て井上日召がそこの住職で……と血盟団につながる土地。魚来庵がピンとこなかつたが母に尋ねると子どもの頃に大洗に海水浴で魚来庵に休んだこともあるし魚来庵には祖父の書で「磯節」が飾つてあつたはず、と。母だとぎり/\竹内勇之助らの記憶があり、アタシが水浜電車に乗つた最後の世代、小学校の大洗への遠足で(当時は日教組も強かつたはずなのに)常陽明治記念館参観なんかしてゐるのだからファンキーである。(話はこの本に還るが)それにしても「何だかはっきりとはわかならいけれども、とにかく頼れる過去が自分から消えてしまったという喪失感に苛まれ、何をなくしたかじつはよく認識できないのだが、それでも取り戻してみたい何かがあると叫びたくなる」といふ思考回路など、まるで晋三の「美しい日本を取り戻そうではありませんか!」それそのもの。
▼『中国地名カタカナ表記の研究』といふ中京大学文化科学叢書が「カタカナになった中国地名はちょっとヘン―!? 教科書、教師用指導書、受験参考書、地図帳に蔓延するトンデモ地名たち。中国地名の不思議なカタカナ表記は、はたして一体いつ、誰が、何のために始めたものなのだろうか!?その探求は、戦前まで時間をさかのぼり、海を越え韓国・タイへと広がってゆく…!!!」と面白さう(ベーシスト梅氏からのネタ)。中学用の社会科地図帳とか眺めてゐると本当に六ッかしい。例えば

ホンコンからマカオ経由でチューハイに行き、そこから沿岸をチェンチャンに下りコワンシーからコイチュウを旅行してユンコイ高原を抜けチョントゥーまで行きました。復路は古都のルオヤンを見てからチョンチョウに出てコワンチョウまで鉄道で下り、ホイチョウを経由してホンコンに戻りました。

で香港とマカオ以外はまず理解不能。正解は

香港からマカオ経由で珠海に行き、そこから沿岸を湛江に下り広西から貴州を旅行して雲貴高原を抜け成都まで行きました。復路は古都の洛陽を見てから鄭州に出て広州まで鉄道で下り、恵州を経由して香港に戻りました。

で、とても漢字は解り易いが、なぜ、この漢字地名が謎のカタカナ表記になるのか、は誰もが疑問に思ふところ。読んでみたいが4,320円は高い。

近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)

近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)