富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

アベノミクスはアシベシラズ

fookpaktsuen2013-04-03

農暦二月廿三日。昨日からのGastroenteritisは夜中にかなりひどくなり本日終日養生。写真家K嬢から昨晩いたゞいた新界粉嶺は寶生園の蜂蜜舐める。今日の朝刊で歌舞伎座初日の記事見て、やはり晴れの場を一見したかつた、と思ふ。「お祭り」も右から順に「最後の役者バカ」たる橋之助、相変わらず表情に欠ける福助、踊り上手は二代目松緑以来の五頭身の三津五郎、すつかり父襲ふか勘九郎に、意外と古風な女形できる七之助……と、それなりに若手は若手でも何かと話題に出来るのは梨園ゆゑか。ロビーの写真で金色の帯に小豆色の着物で後ろ姿は松嶋屋の女将さん。その左は以後はちょっとふっくらしたが孝太郎の奥様?、で女将さんが手をかけて誰かに紹介してゐるのは娘の元ヅカ・幸さんか。それにしても日に三部興行で一等席が二万円余って、たかだか歌舞伎で高すぎません? 記事で、なぜ役者のこと書くときに「人間国宝人間国宝」って、きつと歌舞伎なんて見たことない記者だから役者のこと書くときに「人間国宝の」としか書くことがないのかしら。
▼都新聞夕刊に詩人岡野弘彦さん戦争回想あり「一生、桜を美しいと思うまい」。東京大空襲。東京での焼死者処理済ませ鉾田の大隊本部に戻つた岡野二等兵は「幹部候補生の座金がついたラシャの軍服にはら/\と花びらが降りかかるる。死んだ人間と馬の脂に汚れ悪臭を発する軍服と白い花びら」に岡野は「桜は恐ろしい花だ。俺は一生、桜を美しいとは思うまい」と誓つた、といふ。
すさまじくひと木の桜ふゞくゆゑ身はひえ/\となりて立ちをり
国学院に復学した岡野は恩師折口信夫に短歌を学び、そこには戸板康二池田弥三郎がをり、なんて素敵な戦後だが岡野が上述の「すさまじく」を詠んだのは戦後三十年近く経つてからのことの由。アタシは桜が嫌ひ。勝手に力強く咲いてゐる山桜、町内でも江戸からの桜ならいゝ。だがソメイヨシノのあの白い花びら、明治の終はりあたりから天皇らの御幸に合はせ全国津々浦々に植えられた桜の政治的な意図が嫌ひ。
▼晋三が参院予算委員会での民主党議員からの「芦部信喜さんという憲法学者ご存じですか?」といふ問ひ対して「私は存じ上げておりません」と宣はれる。笑みすら浮かべて、の余裕。晋三も法学が専攻のはずだが成蹊大学で一般教養の必修「憲法」でも晋三さんは何を学んでゐたのか。改憲もいゝが先ずは憲法論の基礎を勉強すべき。こんなレベルの方が首相で憲法改正とは……と呆れる、が晋三選んだ民草の多くも芦部先生知らぬどころか、近代憲法がどんなものか、を理解もできておらず、で身の丈で晋三、憲法改正してさぞや立派な一等国になつてください、としか言ひやうなし。