富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2013-03-10

農暦一月廿九日。昨日からなんだか気分は引き蘢りがちで大気汚染も香港にしてはかなりひどいやうで、それを理由に陋宅にてうだ/\。PM2.5も大陸でひどいし日本も数値上がつてゐるやうだが喫煙可の居酒屋のPM2.5は550にもなるさうで北京を叱つてゐられず。本や雑誌を澤山読もまうと思ふのだが一向に進まず雑用ばかり。東京新聞だつたか黒柳徹子が映画「男はつらいよ」で渥美清急逝で黒柳が幻のマドンナだつたかも、なんて話にテレビ創世期からタレントとして一緒した二人で恋仲が噂になつたこともあつたが渥美が黒柳に「でもね、お嬢さん、考えてもごらんなさい。僕の顔であなたの声ですよ。(子どもが生まれたら)タレントにするしかないぢゃないですか」と言つたさうで、この台詞がまるで渥美清のあの独特の表情から節回しまで頭の中で想像できて、活字を読んでゐて珍しく笑つてしまつた。あまり陋宅に籠つてゐても気が滅入るので気分転換に銅鑼湾の誠品書店に往く。地下鉄で銅鑼湾まで出て地下鉄站のコンコースからHysan Placeに直接入り(地下街から商業ビルに直結は東京では当たり前田のクラッカーだが香港では珍しい)地下から9階だかのオフィスフロア入り口までの直行エレベータはいつも利用者稀で9階から製品書店に入れば銅鑼湾の人混みに塗れることもなし。気分転換だけのつもりがあれこれ五冊も書籍購入。地下の食料品街でワインとチーズ購ひ帰宅。写真家K嬢から借りてゐたDVDで石井照男監督で高倉健主演の『ならず者』(東映、1964年)見る。香港と澳門が舞台。半世紀近く前の映画でも街頭の一シーン映っただけで「これはあそこ」と判るから面白い。背景が高台で廟らしき壁があるだけで油麻地の天后廟、といつた具合。高倉健や女優陣が台詞で広東語、北京語それなりなのはご立派。邦画なのにずっと広東語、北京語で日本語は字幕なのも、いかにも異国情緒たつぷり。筋は他愛ないし演技もまだ/\の若手ばかりだが当時、自然と映画の世界とはいへ「外国とマッチしてゐる」感覚なのが半世紀後に見て新鮮なのは、それだけさうした感覚が退化してゐるからなのだらう。それにしても澳門で「今日はドッグレースだから香港や澳門の金持ちが10万人集る」って(笑)当時にしても大袈裟だが今は実際にドッグレース会場に百人も来ないくらゐ閑散。映画見ながら珍しくロゼ、RPで100点満点のKapcsandy Family Wineryのカベルネから出てるロゼ、2009年を飲む。かなりいゝ気持ちで寄せ鍋。NHKスペシャルで二年前の大震災に合わせ福島第一で地震津波のあとの混乱で何が対応に欠点があつたのか、と分析して見せてゐたが現場再現のドラマ仕立てにする必要があるのか、何を冷静に分析して見せてゐるのか、がアタシにはピンとこない。一つだけ確かなことは東京電力にも政府にも「日本には原発を維持するだけの能力がない」こと。だから無理なのだ、核禍が必然的に起きる。だから原発やめませう、といふ以外にアタシとしては結論はないのだがNHKは「これからも真相解明と的確な判断が求められてゐます」なんて玉虫色のコメントで終はつてしまふから番組制作として無駄。「わかつたつもり」だけ。それに比べドナルド=キーン先生の「被災者への思い 忘れてないか」(三日、東京新聞)は実にわかりやすく正鵠を得てゐる。日本人の過去を忘れる、勝手に清算してしまふ点を指摘したあとで高見順を挙げ

高見は日本の敗戦についてこう書いた。「今日のような惨澹たる敗戦にまで至らなくてもなんとか解決の途はあったはずだ。その点について私らもまた努むべきことがあったはずだ。それをしなかった。そのことを深く恥じねばならぬ」
今、私たちにできることはあるはずだ。

と。私たちにできること」は当然だがこの大震災の被害の原因が何なのか、核禍がどれほどのものなのか、を冷静に見つめ、それに結論を出すだけのことなのに。東京での昨日の反原発集会に1.5万人。大江先生は「反原発世論が収縮しているという見方もあるが、今日ここにこれだけの市民が集まり……」といつた挨拶されたやうだが(台湾紙からの翻訳)香港なら主催者側発表1.5万人デモというのは小規模。台湾は台北だけで10万人余が廃核デモに参加(こちら)。当事国で日本のこの冷静さがなんとも羨ましい、ここまで健忘症になれると楽だろう。それでゐて陸前高田の「奇跡の一本松」の復元で枝葉のレプリカだ、それの取り付けで角度に不具合、作業やり直し……なんて正直言つて何でこんなことしてゐるのか、と思ふ。
▼昨日、九龍塘から沙田に向かふMTR東鐵で站や車内で何人も粉ミルク缶抱へた客見かける。だう見ても香港市民。恐らく市中で購つた粉ミルクを深圳まで運ぶのか、或は上水あたりで闇業者に賣るのか、の運び屋で小遣ひ稼ぎの若者など。これも香港政府が大陸客の粉ミルク買ひ占めで香港での妊婦に粉ミルクいき渡らぬこと防ぐ措置、大陸への粉ミルク持ち込みは一人二缶に制限ゆゑの騒ぎ。これにつき中共港澳辦主任の張曉明君が一昨日、香港地区の全人大代表の会議の席上
內地孕婦湧港產子、搶購奶粉等問題,建議香港要理性包容,有更寛廣的胸懷;香港當局處理問題時,要換位思考,顧及內地同胞感受,避免傷感情。
と発言。これを香港自治への介入ととる向きもあるが発言の趣旨は真っ当と思ふ。
山口昌男先生逝去。享年八十一。学問嫌ひといふか大学嫌ひのアタシが大学院で文化人類学先考しようか、なんて考へたのは一つにトリックスター連れて現はれた山口昌男といふ文化人類学者の書籍に「こんなのもありなのだ」と感銘を受けたからかもしれない。中沢新一氏は後日、追悼の文章(十二日朝日「知の世界、笑って揺らした 山口昌男さんを悼む」)のなかで、この「笑う人類学者」は

世の中が安直な笑いであふれかえり、矮小化された「いたずら者」が跋扈する時代になると、さすがのこの人も不調に陥った。ところがしばらくすると、今度は「敗者」に身をやつして再登場したのにはたまげた。負け組のほうが豊かな人生が送れるぞ。マネーや力の世界への幻想を嗤う、なんともエレガントな闘いぶりであった。

と書いてゐる。確かに敗者に魅力を見出だすなんて山口昌男ぢゃないと出来ない仕事。

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