富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

張曉雄 舞踏「離騷」

fookpaktsuen2012-11-03

農暦九月二十日。土曜日で官邸に仕事に来たら水槽のグッピーに六、七匹の幼魚。一昨日、一匹見つけて成魚に喰はれぬやう飼育ケースに避難させたが昨晩なのかしら、こんなに生まれてゐたなんて。この週末に仕事に戻らなかつたら週明けには姿かたちもなかつた鴨。水草の茎、砂石の陰に見事に隠れ棲息する幼魚たちを慎重にスポイトを近づけ一匹ずつ吸い上げる作業の繰り返し。任務完了!と思つたら数十分して水槽内が平穏になると亦た草の根の陰に数匹……でその繰り返しで拿捕した幼魚は十三匹に及ぶ。この繰り返しだと水槽内は二十日鼠の繁殖の如くなりかねぬ。早晩に中環。限られたエリアに高層の商業ビル、オフィスビルの建設相次ぎ歩道の幅は何十年前のまゝで狭く地下道の建造など全くなく歩道から人が溢れてゐる。新宿東口から伊勢丹に向かふ新宿通りで歩道の幅が半分、地下道もなし、を想像してもらひたい。市場で猫を愛でてゐたZ嬢と待ち合せハリウッドロードを東に漫ろ歩き。皇后街熟食中心の老北京餃子館に先週末に続き再び。同じ熟食中心にはABCといふ公共の熟食中心でテーブルクロス敷きイタリア料理供するといふ画期的な食肆があり此処が大繁盛。老北京餃子はABCの卓にエンクロージャー状態。親方一人でてんてこ舞ひ。アタシらが粉だらけの、昼間は餃子練る卓で無理に坐ろうとしたらABCの親方が手伝つてくれるので「なんて親切な」と思つたら、さにあらず。老北京は早晩で大方の餃子が品切れでアト数皿で店終ひ。ABCの親方は老北京に早く客を捌かせ「売り切れ」で老北京の店の前まで自分の陣地にしたいらしい。二人で餃子を三皿で三十個。忙しいのに親方が「大蒜!」とアタシたちの卓にだけ生ニンニクの大きな一塊を出してきた。典型的北方人と思はれたのかしら。上環文娯中心。台湾を本拠地にする張曉雄の『離騷』といふ舞踏。張曉雄は1958年にカンボジアで裕福な進歩的華僑の家庭に育つ。インドシナ植民地の民族独立運動に多くの華僑も力を貸したがクメールルージュによる支配で張曉雄は家族と命からがら中国へ退避。で文革。出自が華僑の彼は当然、下放など苦労するが広州暨南大学歷史系卒業後、1983年に澳洲に移民。そこで現代舞踏修得した人。今回の香港でのこの舞踏は香港出身の舞踏家・梁家權がプロデュースで舞台にも立つてゐたが、この人の存在は端に置いて何より張曉雄(興味深いブログはこちら)の舞踏を見られることが楽しみ。「離騷*1」は楚辭(http://ja.wikipedia.org/wiki/楚辞)のなかでも屈原による著名な作品で張曉雄の言をそのまゝ写せば

七、八歲時,在父親的書櫃上,翻得《楚辭》一冊,囫侖吞棗、一知半解地讀了起來。那時節,柬埔寨乃至印支三國的華裔知識分子,大多在國族的感召下,選擇了進步,選擇了投身「印度支那人民解放運動」,「誓把紅旗插遍全球」。及至紅色高棉取得政權,華人作為一個整體,卻見棄於國族,於是在慘絕人寰的大屠殺中,展開了驚世大遷徙。其中的慘烈悲苦,大抵只有倖存者懂得。
屈原傳世的作品中,《離騷》之真偽最無異議。其直抒己志、痛貶時弊、瑰麗遐想、飛揚文彩、怒號悲涕、高潔人格,無一不令後世文人自慚形穢。在「哀高丘之無女」一節,借姐弟對話,痛陳己所自甘見棄於濁世而不願同流蕪穢。在這一節裡,女嬃的母性形象亦躍然於紙。母性,因其血脈傳承而終繋於人性溫情,是以在亂世中,能讓人性得以留存。但當強權以國族綁架了母性,卻有多少生靈在國族母親溫情的驅馭下淪為黨國之芻狗。於是,幾代知識分子陷入了萬劫不復的境遇。

と、この舞台は張曉雄本人の心の中での教養や感性、それと現実の世界との葛藤を自分の心的世界を表現する形で若い踊り手たちが舞ふもの。そのなかに梁家權はおそらく張曉雄の若い頃の姿なのかも知れないが舞台上でも意味不明。張曉雄の舞踏は若い男性の踊り手の身体的美しさを見せることが主で(女性の舞ひ手は母性として胎内での踊りを見るかのやな存在感)確かに二人の踊り手の組舞は普通なら男女だとプリマドンナを男のバレリーナが軸となり高く挙げ空中で美しく飛ぶやうに舞はせることはあつても男性二人で寧ろ肉体の力をこれでもか、と見せつけながら、しかもしなやかに美しく見せるのには驚くばかり。この張曉雄の演出による今年の新作の『春の祭典』(こちら)は、これも是非見てみたいところ。舞台が跳ねて再び中環の市場街、夜になつてひつそりとしてゐるが通りかゝると昔、まだ子猫のころから愛でてゐる黒猫が、いつもゐる八百物の店のあたりに夜でさすがに見当たらずZ嬢が「クロ!」と呼ぶと再開発控へた住民退去後の古いビルの陰からすーっと現れた。しばらくこの黒猫と遊びハロヰンの未だ気違ひ騒ぎ続く蘭桂坊を傍目に晩十時前にFCCに珍しく遅い時間に往つたのは三更に香港アジア映画祭で故……といふのが実に惜しいが若松孝二監督の三島由紀夫映画をIFCの映画館で見るためで先日この上映があるのを知つて慌てゝチケット買つたのだがFCCBloody Mary飲みながら、ふと「そも/\十一時半なんてこんな時間にIFCの映画館で映画祭のレイトショーがあるかしら」と気になつてネットで調べると上映予定が見当たらぬ。映画祭で3回の上映だかで確かこの夜中の上映しか時間が合はず舞踏のあと二連荘になるがいゝか、と選んだのに。で確かめると19:15の上映。それをなんでこんな時間と勘違ひしたのかしら……で愕然としたがZ嬢に「ねぇ、三島の市ヶ谷での割腹自殺の日を今日の上映時間と勘違ひしたんぢゃない?」と言はれ、確かに。『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』といふタイトルがネット予約の際に 3 Nov 2012 11.25…とあり。とんだ失敗でこの映画見逃す。帰宅して中上健次『岬』の何度目かの読み返し。
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*1:《離騷》是楚國詩人屈原的收录于《楚辭》中的著名作品,其准确寫作年份迄無定論。前半部敍述作者的身世、修養和抱負,追憶輔佐楚怀王時種種遭遇,藉此表明不同流合污,中段總結歷上各國興衰旳經驗,認為政治應舉賢授能,最後訴說自己壯志未酬,求卜問卦以擇去路,最后以死明志。