富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九段にあらず深川とは素敵

fookpaktsuen2012-08-12

農暦六月廿五日。もう残暑なのかしら夜は窓を閉め切つたまゝ扇風機を少し回しておくだけで寝汗もかゝず熟睡で午前七時過ぎまで朝寝貪る。朝九時すぎにZ嬢と銅鑼湾の希慎廣場(旧・ヘネシーセンター、三越)。誠品書店は昨日の開業から週末の終夜営業で朝もこの時間なら混雑しないだらう。まだ品薄。たしかに誠品書店っぽいが台湾のあの雰囲気とはどこか異なる、なにか深みに欠ける感あり。ご祝儀でサマセット=モームの高校生の時に中野好夫訳で読んだ『月と六ペンス』と邦訳はあるのかしら“Far Eastern Tales”と続編の三冊購入。昼に坑口村。Lardosで久々にステーキ。米国牛のテンダーロインを八啢ほど。ワタシは食べるときによく噛まない。胃にも良くないといふことで今回はテンダーロインのステーキをミディアムで、それを一口30回ずつ噛んで咀嚼するといふ訓練実施。確かに食後の胃の負担は楽な気がしないでもなし。夕方、北角から戻り倫敦五輪のマラソン中継眺める。何よりあのコース設定、あれを数周といふ何とも「これでいゝのだ〜!」に興味あり。本当にあれでいゝのかもしれない。お昼にお肉澤山食べたので夕食なし。ナッツ頬張つたくらゐで飲み残しの赤葡萄酒。ずいぶんと涼しくなつた。
天皇皇后両陛下富岡八幡宮を訪問。東京大空襲体験者と懇談(こちら)。行き先が九段ぢゃなくて深川といふのが何とも素敵なご夫婦。
▼九月の立法会選挙で中共の様々なチャンネル通しての親中派支援に対して苦戦予想される泛民主派、そのなかでも6:4の黄金比率で民主派有利だつた香港島は泛民主派乱立で殊に当落線上にあるとされるのが公民党のタニア陳淑莊が旧聞に属すが八日、北角渣華道街市の(日本人客にお馴染みの)東寶小館で選挙キャンペーンで料理の腕前披露。「抗河蟹夠薑企硬」(薑葱炒蟹)、「講大話豉椒炒魷」(豉椒炒魷)、「反抹羭還以顏色」(三色椒炒雞柳)、「執膠粒梁粉有責」(西米凉粉)と地元料理に政治スローガンの料理名をつけて供す。此処に、何が興味もつたか、といへば、その料理の品評に賓客が蔡瀾先生。蘋果の看板連載随筆も終はつてしまひアタシの知るかぎりテレビ番組「蔡瀾亞洲一樂也」四月に終はつてからお姿を芸能関係で見かけもしてゐなかつたが、お元気なのかしら。相変わらず麦酒はちゃんと飲んでゐるが。ブログは細々といふ感じで書いている(こちら)。
▼三輪美津子さんといふ画家に対するNといふ美術評論家の作品評を読んだ。都新聞十日夕刊。

それぞれの色調は一様でなく、下地の色の上に重ねて塗られた色の面は、下の色をほんのりと浮かび上がらせつつ微妙に変化する。その周囲を取り囲む深い趣の境界線は、特定のものが描かれたのではない色の面そのものの存在を際立たせる。この色の面は、外部世界を「見ること」から切り離されることなく、その色合いを帯びたどれでもあり、どれでもないものを「見ること」に根ざすと考えられる。
地球上のあらゆる事物は、見えない重力に支配されていて、どれでもあり、どれでもないものの色合いもその渦中にある。三輪は、形も重みもないはずの色同士の対比によって、重力から逃れられない「見ること」のうちに生きる人間に真相に迫ろうとする。

長谷川町子の漫画で芸術の秋だからと美術展に行つて「さつぱりわからない」がネタになつてゐたが、ピカソはわかつてもアタシはかうした抽象的な絵画にピンとこない感性なき俗物なので、この絵からよくこれだけいろいろなものを見出し、それを文章に出来るものだと感心しつゝ実はこの文章の意味がさつぱり理解できない。殊に「この色の面は、外部世界を「見ること」から切り離されることなく、その色合いを帯びたどれでもあり、どれでもないものを「見ること」に根ざすと考えられる」なんて禅問答。音楽でも美術でも「評論はすでに一つのジャンルになってゐる」と思ふが、やはり相手がわかる言葉で書くことが基本だらう。知己だから礼讃するわけぢゃないが村上湛君が綴つた「北村治の死とその藝」(こちら)は「何の変哲もない姓名だから、能に関心のない人にとっては正直「誰?」という感じであろう」といふ書き出しから、能楽も小鼓も北村自身を知らぬアタシでも読めてしまふ上に、北村治がどんな小鼓方だつたのか、藝とは何か、そして藝が衰へる臨界……いろ/\なことを教示してくれ考へさせられる。それは誰が読んでも感慨は同じはず。