富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

肉体化を避けようとする屋根裏について

fookpaktsuen2012-07-02

農暦五月十三日。朝五時に鳥声虫語で目覚める。朝からチョートク先生の『屋根裏プラハ』続き読む。旅で読む随筆は谷譲次とか吉田健一山田吉彦などがいゝ。チョートク先生もその内。「随筆家」なんて自称する人の随筆はアタシには面白くない。「行間で稼ぐ」青木雨彦然り国語の教科書の常連、串田孫一然り。そのなかで随筆家のプロよりも写真家の綴る随筆の方が面白いのは香港でいへば並みゐる随筆書きのなかでファッションデザイナーであるWilliam鄧達智君の筆致が優れてゐるのと一緒かしら。で昨日から『屋根裏』読んでゐるが読み進まないのは休閑でうと/\と微睡んでしまふこともあるが、それ以上に随筆読みが気軽でないのは「話の進展がわからないこと」もあらう。これが例へば新書で樋口陽一先生が立憲主義語るときは話は立憲主義憲法、国家に徹するわけで突然、そこにパリの寿司屋の話は出てこないだらうといふ安心感がある。予定調和的。それに対して随筆といふのは、串田孫一が最初から「高原の朝」といふ題で書いてゐるならまだしも、この『屋根裏』のやうに「プラハ」といふお題目はあるにせよ、一遍の随筆のなかでも本当に徒然に筆の進むまゝだからチェコスロヴァキア国産の自動車の話だつたのが白ワインの、それも(どのワインが高級で美味いか、なんて下品な話でなく)どう酔ひの境地に迷ひ込むか、の話になるから、気楽には読めぬ。その緊張感が面白いわけで、随筆ものは読むのも楽、なんてのはウソ。で朝食後は部屋で、また風呂場での格別の朝湯のうちに読了。この本を「肉体化を避けようとする姿勢」と分析した書評(満留伸一郎、週刊読書人)もあつたが、確かに肉体化はこの『屋根裏』には、否、正確には田中長徳といふ書き手には肉体化はないが、そも/\一流の随筆といふのは「生理がない」。吉田健一にせよ「食べる」「飲む」といふ行為は生理のやうでゐて、もはや醍醐味の域であたしらの生理的な飲食とは域がまるで違ふ。チョートク先生の『屋根裏』でも強いていへばワインを飲む行為こそあれ、それはプラハに馴染むための潤滑剤のやうなもので、それを除けば「肉体化を避ける」なんて意図的なものではなく最初から精神がプラハに浮遊してゐるやうなもの。だから「肉体化を避ける」なんて意図はないでせう。さういふ書き手の生理のない随筆がアタシは好きだ。読み終はつた本は気にいつたリゾートホテルの場合、そこに置いてくるのがアタシの流儀。で『屋根裏』も烏来に遺す。次回、チョートク先生の尊顔拝したときに初版本で署名いたゞくのもいゝが烏来で誰かにふと読まれる、そんな偶然のほうがチョートク先生もきつと喜んでくれるだらう。鳥声虫語の賑やかはせいぜい夜明けから朝六時まで。もう一仕事終はつたのかしら、閑か。昼になり宿の部屋引き払ふ。宿の自動車で麓の新店まで送られMRTで台北車站。烏来が台北から一時間の距離にあるのだから台北は素敵。今日の宿は台北車站前のホテルコスモス(天成大飯店)。恥ずかしいくらゐに「台北でコスモスホテル」はあまりにベタな選択。今回は桃園空港行きのバスターミナルに近いこと、だけが理由での選択。廿数年ぶりに泊まるが相変はらずのベタぶり。客層がベタ。客室はそれなりに改装してゐて充分。ホテル近隣の名もなき餃子屋で鍋貼飰すが丁寧な焼きで予想以上に美味。Z嬢の話では翌朝、この食肆では大きな鉄板でバタートースト焼いてをり美味しさうだつた由。Z嬢は独りで淡水までお出かけ。アタシは台北といへば誠品書店、で火車站地下の広くて、これが駅地下か?と驚くセンスの良い地下街の誠品書店ぶら/\。今朝まで温泉三昧だったのにMRTで石牌に往き路線バスで信義路温泉。市街地からこんなすぐに?で山間の少し硫黄香のある露天温泉に浸かる。風情あり。市街に戻りZ嬢と漫ろ歩き。城中市場の老牌牛肉拉麺大王に飰す。最初に牛肉面では満腹でアト何も食べられなくなる?と危惧したがこの名店の終ひが晩八時だつたか。台北在住長かつた方ご推薦の、多少判りづらい場所にある店で、本当にこれは美味。饂飩の何ともいへぬ歯応へ格別。城中市場は住所でいふと武昌街一段だが、重慶南路下つてゐたら「入ってみたくなる」小汚い横丁あり、そこに入つたらすぐ偶然にもこの食肆がそこに。西門町に向かふと中山堂では台北映画祭開催中(見てみたいっ……)。一條龍餃子館に餃子飰す。ほんと餃子好き。総統府の上に十三夜の月が見事。衡陽路から二二八公園。アタシにとつてはいつまでも此処は新公園。白先勇先生の『孽子』の頃(民国六十年代)どころか二十年前の樹木の陰影、暗き公園の雰囲気など一掃された感あり。公園の健全化は日比谷も紐育中央公園もブローニュの森も香港のヴィクトリア公園も何処も一緒。それでも新公園はどこか都会のなかにケの空気漂ふ悪所的なところも散見される。宿に戻り晩十時には就寝。

屋根裏プラハ

屋根裏プラハ

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