富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

身の危険を感じてくれたナベツネ

fookpaktsuen2012-03-17

農暦二月二十五日。朝から官邸でご執務。昼前に香港墳場(HK Cemetery)にある通称「日本人墓地」で毎年恒例の春の慰霊祭あり末席を汚す。この慰霊祭では最近、鯨幕(黒白幕)張られるが、この幕は一般的に通夜や葬式など弔事で使用するもので慰霊祭は今更お悔みではないので鯨幕や黒服に黒ネクタイに違和感感じるのはアタシだけかしら。中国でも日本でも「白装束」が弔事にあるが黒が用ゐるのは西洋の影響とか諸説あるが宮中では黒白幕は慶事でも張る由。戦前から此処に日本人墓地があつたと思つてゐる方も少なからず、墓地の一角にある「萬霊塔」は大正八年に大谷光瑞師が件の大谷探検隊で香港立寄りの際に建立したもので(隷書体の見事な揮毫も光瑞師)当然のことながら大正十二年の大震災で帝都で犠牲となつた者に遠き香港からの哀悼の意味は無い。官邸に戻りご執務続き。一つ今日中に済ます急ぎの用件あり晩にFCCで先方待ちで麦酒独酌。用件済ませ自宅に戻り二更に夕餉。
▼「巨人、各社へ抑制求める 渡辺会長への危険伴う取材」(東京新聞)。朝日も巨人が選手獲得で現金バラマキとたか/\プロ野球の醜聞で一昨日は一面トップ、昨日は社説、投稿欄から識者の分析まで反読売で幼稚なかぎり。報道各社の取材に「それ以上やると人権侵害になるよ」とナベツネ。本人が「身の危険を感じております」と読売。あの太々しさが賣りのナベツネの顔が確かに怯えてゐる。まぁ、健康でまだしばらくは力を維持、発揮できると豪語したナベツネがあのままノサバつてゐるのは見るにつけ不愉快だつたので少しは身を小さくしてゐる姿は面白い。
▼昨晩の行政長官選挙の候補者討論会で唐紅酒が梁測量がいかに非民主的か、を批難。その内容は2003年の23条公安立法で7月1日の50万人デモのあと反23条立法と普選求める市民の抗議行動に対して梁測量が立法會取り囲む市民の排除に機動隊導入、民放認可の年数短くすることで放送局諌めることの検討を当時の行政會で主張した、といふもの。梁測量は直ちに事実無根と反論し、いずれにせよ非公開が原則の行政會の内容を当時、財政長官の立場で行政會成員であつた唐が勝手に公開する、しかもそれを己の選挙に利用することは守秘義務に反する、と指摘。それも一理あり……だが、隠れ党員vs地場財閥のノーテンキな二代目といふ図式が何とも陳腐。
中共重慶騒動。失脚の薄熙來は軟禁されてをり妻は大連開発での収賄の疑ひで捜査対象となり薄熙來につながる富豪は中国離れようと慌てて……と何処まで本当かわからぬが面白い。温家寶首相の文革再現論から報道で一歩リードはFT紙。香港のSCMP紙はさすがに腐つても鯛で中共関連の報道ではお上手……だが今では大陸資本なので報道が中立かだうか、は不明なところあり。
東日本大震災の今年の追悼式典で皇后さまの和服は1964年以来(こちら)。和服の理由は「陛下支えるため」。皇后はいつも素敵だが、この美談が「宮内庁幹部が側近の話として」なのが気になるところ。草履はバランスはいいがお着物ですよ、そう咄嗟に身動きのとれる服装かしら。ご自身もお年をとればヒールの高い靴は難儀だらうし、着物姿といふのも今回のような状況ではモード、それも政治的なモードとしての効用なども実はあつたりする加茂。

(続き)日本は六十六年前、戦争に敗けた。たちまち復興をとげ、世界があれよと驚く繁栄国となった。しかし、便利さを求めたあげく、地震列島にいくつも原発をつくり、核のゴミを残し、農を棄て、食いものは他国頼みの綱渡り。ぼくにしても繁栄の恩恵を十分受けてきた。うしろめたい気持ちはある。だが、まだ足は焼け跡に置いたままのつもり。六十六年前の焼け跡は今はない。しかし戦後の繁栄といわれるすべて、ぼくには夢まぼろしの如く、あやふやなものに思える。いつ一朝の夢となっておかしくない。