富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

酔つて健次全集、神田の田村書店

fookpaktsuen2011-06-20

六月二十日(月)目覚めたら朝五時過ぎ。もう明るい。でも七時間も熟睡。灼熱。一寸そとに出るとふら/\と目眩するやうな暑さ。哺時、高座かけもちの合間縫つて北角でけつこう好きな七喜といふ茶餐庁に夕餉食す。この暑さぢゃ麺や粥など食したら汗だくだらう。季節がら苦瓜が美味さうで涼瓜排骨飯食したら正解。食が進む。苦瓜と豚肉、沖縄みたいだが暑い時の栄養補給に実に合ふ。晩遅く帰宅するときタクシー自動車でHK$32のところ小額の紙幣なく百ドル渡すのにHK$102を運転手に渡したら運転手は小銭減り厭ふからやけに感謝される。アタシは自分が小銭入れがジャラ/\するのが嫌だから、なのだが日本人はけっこうこれをする者が少なくないらしく運転手には好感もたれた由。それだけ、のことなのだが小銭の手持ちがあれば渡す、列に並ぶ、食堂でも食ひ散らかさない、他が誰も守らない京都議定書を守る、ゴミのポイ捨てをしない、星巴で飲み終はつた珈琲杯を片付ける、それくらゐの大したことないことだが、それしか出来ぬし、それをして少しの感動を他人に与へる。これで「日本人ってのは……」と感心されゝば嬉しいところか。東電はフクシマの核禍を抜本的に制御できず政府の体たらくも日本らしさ、結局のところ抜本的に何か危機に対応するとか世界の何か大きな変革の魁になるとか、そんな大それたことは何もできないのだから、せめて列に並ぶとかゴミを散らかさないくらゐで世界に小さな貢献をば続けようと思ふ。まぁそれくらゐでも無いよりマシかしら。あらためてそんな一寸したことしか考へつかぬアタシは身近なことを大きな思想まで昇華できた賢治が凄いと改めて思ふ。珍しく三更に入るくらゐまで起きてゐてウヰスキーを飲んでゐたが突然思ひたつて日本の古本屋でケンジはケンジでも賢治ならぬ健次の全集を漁る。するといくつも出品あるなかでさすが神保町の全集といへば、の田村書店で欠損なき美本の揃ひを見つける。早速、注文。新品の定価でなら五巻しか買へぬ程度で揃15冊をば獲てしまつた。田村書店といへば中学生くらゐのころ神保町で田村書店の店先通る度に全集の、当時は漱石や寅彦などに目が行つたが十数万円といふ値札に、たゞため息ついてゐたが0が一つ欠けた感あり。酒といへば今晩飲んでゐるThe Famous Grouseは昨日、北角寳馬道の英記なる価格破壊の食料品店で仕入れたが遠出の約なくこのウヰスキーとゴードンのジンの二本を仕入れ酒瓶二本の重いの携へ観塘で波止場から旧市街の雲南風味まで猛暑のなか麦酒でかなり出来上がつてゐたとはいへ、よくぞ往復したもの、と今更ながら自分に感心。