富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月廿七日(金)晴。早晩にジム。ジムを出て5kmほど外を走る。麦酒一杯だけ飲んで帰宅。タイ風の豚肉のそぼろでご飯。韓寒の「飄移中国」、それに樋口陽一先生とジャン=ピエール=シュヴェルマンの対談集「共和国はグローバル化を超えられるか」ともに読了。
▼樋口先生の指摘のなかで最も興味深いのは、「特殊なまでにフランス的な」共和国についてルソー=ジャコバン型の共和国には、国家が権力を集中し(宗教や地域社会などが有してゐた)身分制を解体することで個人を解放するといふ歴史過程があり、また一方には集権的な国家を担ひ手とする主権、他方には帰属単位から解放された個人を主体とする人権があり、この一見、矛盾すうやうな対置の構造はフランス以外の国では必ずしも一般的でなく、ゆゑにフランスが「特殊なまで」に独特な共和国制といふことになるが、それが

国家=国民の主権          国民=個人の人権

といふ組み合はせを憲法で基本的な枠組とするのが他ならぬ日本国憲法で、この憲法がいかに普遍法として世界史的に重要なものか、を樋口先生は指摘される。御意。しかし問題は日本で戦前は地域社会と「家」、戦後は企業が!共同体として機能してゐたが1980年代からの、そして小泉三世で決定的だつた新自由主義的な「破壊」行為で良くも悪くも廃墟となる。樋口先生はその廃墟に「自立して自律する個人が立ち上がり自分たちの意思を結び合はせて公共を編み上げるという行為」が「始められたばかり」と強調される。先生の後世に託す強い希望としてはそうあつて欲しいとアタシも思ふが本当にそんな公共社会の構築が「始まつた」と胸を張つて言へるかしら。それこそルソー=ジャコバン的な共和制であり米国的な民主制であり、いづれにせよ1689年なり1789年なりの革命的転換を経て人が近代化されることが前提であつて、それを経ずに1889年の帝国憲法制定により(ある意味、革命的であるが近代化せぬまゝ)国家体制だけは近代化「したようなこと」にして更に1945年も(ありもせぬ)國體を護持して今度は市民革命も経ぬまゝ民主化まで「したようなこと」にしてしまへた!そんな日本に「自立して自律する」個人なんて果たしてゐるのかしら? ゐるとしたら1980年代からのこんな政経的迷走も続くはずもない(革命を経た韓国、台湾、中国を見れば良い)。確かに「自立して自律する」個人は少なからずゐるとしても、それが「国のかたち」として市民社会の構築になど、これっぽっちもなつてゐない。もしそんな近代化があれば少なくてもテレビで神妙に熱中症対策はやつてをらぬだらう。
▼「香港では」月曜日(旧暦七月十四!)のマニラでのバスジャック惨禍につき追悼や憤慨、ジャッキー=チェンの舌禍など続いてゐるが、ある面、ジャッキー=チェンの指摘が正しいのは八名の死者を出し危篤の傷者もゐる香港では反響大きいが日本であり近隣諸国では翌日こそフィリピンでバスジャックがベタ記事で報道されようがマニラ警察の不手際など後続報道はないわけで、それはまだ理解できるが、やはり興味深いのは惨禍の起きたフィリピンと香港なりの対応の感覚の違ひ。惨禍の翌日、仏教だかの僧侶が現場でバスを前に読経焼香している目の前を普通に人が横切り、現場で射殺されたバスジャック実行犯の元警官は「凶悪犯」よりもむしろ、かつて優秀表彰されたエリート警官として葬儀が親類縁者によつて葬儀が執り行はれ棺はフィリピン国旗で覆はれ(写真)、妻や息子がマスコミのインタビューに応じて香港や被害者への謝罪を述べつつ故人のかつての名誉に言及する。鄧達智君が書いてゐるが(偶然、香港空港のラウンジで見かけた)事件翌日のマニラトリビューン紙は一面にこのバスジャックの記事こそあれ下半分で、一面トップはフロリダで挙行のミス・ワールドでフィリピン代表がベスト10入り、だつた由。「だからフィリピンは」とフィリピンの野蛮など指摘する気はアタシには、ない。警察の怠慢といひ、アキノ三世の笑みといひ、理解不能のやうでアタシが何となく感ぢるのは生死観。不幸かもしれぬが容易に死がまだ近くにあるか遠くなつたか。犯罪多発の都市では事件に巻き込まれ場合によつては命を落とすリスクも高ければ年に何度か凶悪犯の強盗か乗つ取りか、で数名の市民が命落とすこともあれば、報道がミス・ワールドの次の扱ひなることも理解できなくない。ミス・ワールドの方が珍しいのだ。偶然にも、その死者が外国からの旅行者で全員が香港からの八名だつたから、といつて、そこで何か配慮が変はるか、どうか。旅行に往くのは旅行者の自由。それくらい生死観から社会の情勢、治安、風土まで全く異なるところに出向くのだからリスクを怒りに変へても何にもならないのかもしれない。

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富柏村写真画像 www.flickr.com/photos/48431806@N00/