富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

広東語は嶺南の一方言に非ず床しき文雅なり、と

fookpaktsuen2010-07-26

陰暦六月十五夜。晴。突然の「広東語」盛り上がり。アタシは左丁山氏や陳雲氏の指摘する広東語の古文からの文雅については理解するところ。それに対して普通話の実に人口語的な、しかも北方土話の混入で下品になつたといふことも了解。それでもアタシは個人的には今の広東語より北の普通話の方が好き。あの巻舌の言葉を聴いてゐるとゾク/\してくるし北京の浴室で茶でも啜りながらの北京語の会話は何とも雅しい。それに対して香港でどうも広東語は音的に、その口の開き方一つに好きになれないのが事実。そして何よりもアタシがこの左氏や陳氏の長い複雑な論考をさらっと和訳出来るのも(漢字が日本語で多く共通なことが最も重要だが)ひとへに現在の中文が書き言葉として近代化、簡単明瞭になつたからの恩恵だらう。
蘋果日報が一面トップで伝へるのは「廣州萬人上街撐廣州話」とポスト80の若者が広州で鳩まり政府の説普通話!キャンペーンに対して用広東語と「撐」する集会活動。公安警察も出動、で集会許可なく所謂「散歩形式」始まつたが続々と参加者増え数万人規模に。「廣州話、廣州話」「我愛廣州話」「廣州話起錨」と叫び「抵制煲冬瓜、我哋撐粵語!」と説普通話=体制への抗議へと。参加者で歌ふのはBeyondの粵語の名曲「光輝歲月」で「言論無罪」等と書かれたシャツ着た若者は警察に連行(しょっぴ)かれ二時間ほどで収束の由。「撐」広東語話を反日活動、鬱憤晴らしとしてはいけないだらうが広東省でこの秋、東アジアスポーツ大会(昨年は香港)が東莞、佛山、水上競技は汕尾で開催されるのを機会に広東省政府主導で「説普通話!」キャンペーンが始まり広東省のテレビでニュースやドラマなど広東語だつたものも原則として普通話での放送が推奨=強制されたもの。広東省だけでも数千万人の人口有し香港も含め海外でも広汎に使はれる広東語は称す民族の言語のようにそう易々と消滅の危機には在らず。但し何が畏れられるのか……に左丁山氏が興味深い指摘あり*1。広東語がいくら広汎に用ひられようと全国(異民族まで含め)13億人が普通話を解すのだから広東語の脅威は存在せず。印度の場合はヒンディー語が最も広汎に用いられるが全国で通用せず英語が公用語としてビジネス、マスコミで用ひられる。左氏の言はむとするところは印度は英語といふ「第三言語」を公用とすることで謂はば言語社会上はニュートラルであるが中国の場合、普通話に対して広東語がその歴史からしても「やっかい」な存在といふこと。(以下、左氏の指摘は)何年だか前に文匯報に「廣東話之源流」なる詳しい長文の解説記事あり。時代は秦の始皇帝まで遡るが六国の豪門が中原を追はれ遷徙嶺南を強逼され嶺北を越え現今の広東へと至る。魏晉南北朝の頃には外族が華北を占領し再び中原から南に多くの移住あり。広東は険しい山嶺で湖南と隔たれ交通不便。よつて北から南遷の人々が文化語言的には謂はヾ「一国」を形成し保留古風。それに対して北方歷朝不斷有戰亂、有外族入侵、で語言は変化を止めず広東に移つた古代の言語とは疎遠のかなり異なつた言語となりぬ*2 *3。またもう一つ紹介してをくと陳雲氏が左氏同様に、陳雲氏自身は客家出身だが客家語が遺らないことも憂ふが同じく粤語(広東語)の保育の重要性を説かれてゐる*4。粤語は「中華雅言、珍如拱璧」、一億人が用らず、かりに数百人だけの言語となつても保育されるだけの歴史的価値あり。殊に香港は教育の場でも粤語が更に正字(繁体)で用いられることは英国植民地でまさに奇跡。それを大陸も理解すべき、と陳雲先生は左氏の指摘(上述)のように広東人がもと/\中原から南下し關山障隔,免受胡人沾染,邊陲之地,反留有漢音唐風となつたことは今日、唐代の淳厚、宋代の雅緻を見ようと思へば日本の京都を訪れるべきなのと同じKulturinsel(ドイツ語で「文化孤島」)の一つ。更に清末民初の頃、西洋との接觸で広東語の語音と詞源が最も豊富で外来の新語の形成にも容易。それに対して北方白話はそれが後に中共普通話普及推進に繋がるのだが語源は明清の江浙官話で、それに清の蒙古滿洲胡音、中共ソ連ロシア語からの外来語が加わり只混了幾百年,而且混得蕪雜と陳雲氏は普通話の謂はば「文度」が低いと指摘する。興味深いのが具体的な普通話と広東語の比較。

  • 「我的車讓他給砸了」つまり「我的車被他毀了」のことだが、それ(我的車讓他給砸了)はもともと北京土話で共通語的な中文ではなかつたのだが今日ではこれが普通話、白話文となつてしまつた。このような北方普通話が標準語化したことの災難、更に簡体字の一筆混賬は言ふまでもない。
  • また粵語は語音が豊富で声母(母音)20個,韻母(子音)88個(介音三十五個)に声調有九声(或ひは十声)あり。これに対して普通話は母音の数が半減。粤語では口語で単音の音節が多く複音化せぬことで簡潔な用法が可となるといふ。北方で眼睛、杯子、馬兒、石頭と呼ぶものが粵語の口語では眼、杯、馬、石で書き言葉も同じく杯、眼、馬、石となること。
  • また語法でも粵語は漢唐の語法を最も多く遺す方言といへる。口語で「我去九龍」と言ふのも粵曲「富過石崇,窮過蒙正」も古文の語法のまま。文雅に富んだ中文を綴らうと思へば殊更、広東語が北方語に勝るのは例へば「我去九龍」が北方では「我到九龍去」なので(必要以上に構造的:富柏村註)無理に「吾往九龍」としなければならない(この不自然さは京劇の言ひ回しで散見される)

陳雲氏の指摘は止むことを知らず。

  • 広東語で「我返沙田」が北方話では「我回到沙田去」のため古体にするには無理に「吾返沙田」や「吾回沙田」にしなければならぬが、これも北方人が北方方言を中国の白話標準にした無理がある。
  • さらに中共が北方白話を標準としたことで南方の粵語が「不雅」扱ひ。広東人が「我一生人」と綴れば古意盎然だが香港では北方から出てきた国語の教師に「我這一輩子」と書き直され粵語の「請勿」なる文語も北方白話の「請不要」となり北方の土語の「甭」(不用)までが文字とされる。
  • 香港の電車や地下鉄のホームでのアナウンスも興味深い。広東語だと「列車即將開出,請勿靠近車門」と六字文言が心地よい。それが普通話だと「列車即將離開,請不要靠近車門」とややこしい。もう一つ粵語では「由於前面的列車尚未開出,本班車將稍為延遲,不便之處,敬請原諒」(次の駅でまだ電車が発車してをりませんのでこの列車も遅れが生じております。ご不便をおかけしますがご了承ください……嗚呼、日本語も面倒臭い!)の粤語表現「尚未開出」が普通語では「還未開出」となるが「尚未」がもと/\漢唐文言なのに中共調教出来的北方人には「尚未」が使へない*5
  • さらに駅員のアナウンスに陳雲氏はこだわるが、粵語で「請小心月台空隙」は普通話だと「請小心月台的空隙」。北方口語ではこの「的」がないと通じないことになり香港の中文は不合格。離文言久矣,沒了那個「的」字便聽不懂,真的掉下去,會投訴香港的中文不合規範的。広東人が北方で公的な場で恭しく「求之不得」「歡迎之至」「有何貴幹」「唯你是問」や「豈有此理」なんて使つても彼らには通じない。
  • 粵語の「今日」や「明日」も漢文ではあつた言葉だが普通話では「今天」「明天」と北方土語化。広東人の(Noを意味する)口語の「唔同」、書き言葉の「不同」も北方の教師に「不一様」と(機械的文雅なき表現に)書き直され、その結果、テレビや街角でも「唔一様」などと奇怪な言葉を耳にするのは北方の文化霸權だろう。

社民連は反政府キャンペーンで「沒有抗爭,何來改変?」と訴へるが、これも政治的には北方土語なら「沒有抗爭,哪有改変?」にしなければいけないか。

  • 陳雲氏は1960年代に鄉村の小学校で学んでゐた頃は文書では「即使」「即管」「就算」「儘管」といつた文語を使ふやう指導され(「たとえ〜だとしても」の意の)「哪怕」などといふ下品な表現はあり得なかつたが今では香港でも普通話系の学校では学生が広東語で話してゐても口語で「哪怕」などと用いるのだから、これももう「即使」しなければならぬ*6

……とこゝまで北方系普通話の覇権を綴つたが広東語も華南でマジョリティとしての覇道に在り広東には広東語の他に客話、潮州話や苗、瑤、壯、潼、黎といるた少数民族の言語があるが粤語の語音の精密さ、語法簡明さ、古文への貫通の具合などにより広東語が広東ばかりか広西、海南島や南洋、海外の華埠の共通語となつてゐることも言ひ添へてをくべきこと。
このやうに中國は(漢字によつて)書き言葉の書面でのコミュニケーションで文語が維持される反面、口語の交流に乏しかつたことで近代中国が言文一致が求められ全国共通の普通話が積極的に普及させられたわけだが(上述のやうに普通話がかなり北方系の言語の影響を受けたことで)学校教育では書き言葉(文語)は古雅簡明な伝統的な用法の中文が標準として推奨され各地の方言の公平に用ゐられるべきだらう、と陳雲氏の指摘。けして北方表現がいけないと言つてゐるのではなく、あくまで中文の書面に胡漢混雜語之載體なのが不満。「不能以文書帶領口語,反而以口語帶壞文書,中國文化必會江河俱下,中國成為言文鄙俚、舉止無禮之國」と(陳雲氏の文章は日本語に訳してしまうふと体裁に欠ける)。政府がマスコミや学校教育で広東語使用されることを取り締まれば広東語が隠語化して粗鄙不文の北方普通話が現代中文の正統政党になることは「此黃鐘委棄,瓦釜雷鳴也」と陳雲氏。

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富柏村写真画像 www.flickr.com/photos/48431806@N00/

*1:蘋果日報2010年7月22日「廣東話」

*2:左氏は続けて唐代に高麗が争ひ文化交流があつたことで朝鮮から多くの学生が中国留学したことで現在まで韓国に謂はゆる「唐風」があり韓国ドラマを見ててゐても韓国語のなかに広東語と類似する言葉が多いことも指摘。これは呉音など通して日本語にも同じことがいへるだらう

*3:また当代を代表する読書人の白先勇が嶺南大学で講じる際も廣西人の白教授(父が国民党の白崇禧将軍)の口跡に唐詩普通話から広東語に転じて朗誦されると話更押韻、それがいかに広東語(原形)に唐朝の頃の言語のスタンダードが残るかの証左と指摘。

*4:信報2010年7月20日「保衞大粵語」

*5:これはかなり説明が必要である。「尚未」は日本語でも助詞で「なお、まだ」と判読可。「還未」は中国語(普通話)を学ぶと「还(還)」を「まだ」と教へられ買物に行けば「还没有」(まだ無いっ!)、デモに参加すれば警官に「还在这里?一定回去!」(まだここにゐるのか、とっとと去れ!)と叱られ「「还」の字の意味を身体で覚へるものだが、これが北方話の当て字であることは、「かえって」日本人の方が「還」の字が動詞なら「もどる」の意で助詞でも「かえって」「また、ふたたび」であることから解し易いはず。下手に漢文の素養があると「還未」が「またもまだ」と意味不明になる鴨。そうした北方話の不自然さが陳雲氏の指摘するところ。

*6:「即使」是望文生義的漢字文言,漢末三國已經入文,唐朝的韓愈、杜甫再世,也看得明白;「哪怕」卻是狗屁不通的胡語土談,莫說是宋朝的蘇東坡,就是明朝的王陽明也不懂的。粵語不能在正統學校的中文堂授課,雅言也淪為鄙俚。野蠻取代文雅,你說荒唐不荒唐?滿洲以來,就是如此;中共取代滿洲,也是如此。我之所以反共,嚮往自由之外,就是為了保存中華道統。