富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

六月朔日(火)曇。早晩に帰宅してドライマティーニ二杯。タイ風カレー食す。美味。
深圳の富士康での相次ぐ職工自殺につき経営管理側の責任問ふ声が一段落すると同情的な見方も少なからず。左丁山氏が(昨日の蘋果)指摘するのは田舎から出てきた職工見習ひに生産技術、規律や秩序など指導することの難しさ、職務怠慢や窃盗などもあり製造現場の労務管理は必然的に厳しくなるが殊に韓国と台湾企業で徹底されるのは中高層管理職が徴兵制で軍隊経験あるから、と。それに比べ香港の経営者は軟弱といへば軟弱。富士康は営業額はUS$72億(2009年)だが税後の純利はわずかUS$4千万で営業額の0.55%ほど。総利益も5.9%にすぎず営業外収益(US$1.7億)除くと赤字に。「世界の工場」などと言ふが実際には米国企業がUS$500、600で販売する電子機器は深圳からUS$100にも満たぬ額で米国に出されたもの。信報(昨日)も指摘するのは例えば16GのiPhone(US$499)の製造価格はUS$180でApple社の利益率は60〜70%でiPadは更に利益率高い由。Steve JobsなどプレゼンでApple社製品の手頃な価格を強調するが実は深圳の製造現場が厳しくApple社は十分に利潤あり。陶傑氏は(左氏と同じ蘋果の連載で)Apple社の下請けする富士康の関係で富士康の経営者である台湾の郭台銘氏は植民地での「買辧」のような立場、工場の職工管理が批難されるが40万人で世界が注目する先端電子ディヴァイス製造することを誇るべきだし秦の始皇帝は万里長城建設に民草を強制労働させたが富士康には働きたい若者が自分の意思で就労するのだから待遇や労働環境に不満なら退職できるわけで会社と郭台銘だけを批難するのは不公平、と指摘する。今日の信報では経済学の容疑者・張五常教授が本田自動車の部品工場のストライキにつき労働者の就労の自由が前提にあると思へば、と陶傑氏の指摘と同様に労使協調の矛盾を突く(工資集體協商是玩火遊戲)。
▼更に信報で林行止専欄「權衡輕重明智取捨 勞工集約尚未可棄──富士康工人自殺事件的反思」。(以下、要旨)
富士康の職工の相次ぐ自殺で富士康の従業員雇用の体質が問題視されてゐるが鴻海精密工業(富士康の親会社)は営業収入がUS$681億、経常利益US$10.7億といふ規模。台湾はマイクロチップで世界の生産の50%、パソコン画面の70%、ノートブックの90%のシェアで富士康も中国で80万人を雇用し輸出総額US$560億は中国の総輸出の3.9%となる。一工場で数十万人規模では20世紀初頭の米国のフレデリック=テイラーの管理方法やヘンリー=フォードの流れ作業と分業といつたノウハウだけ対応できないのは明らか。マルクスは労働者の「疏離」(Alienation)を問題としたが左丁山氏の指摘(前述の蘋果の連載)取り上げ軍隊的管理も仕方がないところもあり、と。さうした状況で職工と社会で「疏離」が様々な不満や問題を生じさせることも自然なことか。現代の内地のかうした工場で職工が置かれた状況は宛ら18、19世紀に欧州、殊に英国の労働者が置かれた状況と似てゐる。
「労働日の延長によって人間労働を萎縮させ労働力から正常な道徳的、肉体的発達条件と活動条件を奪う。それはまた労働力そのものの早すぎる消耗と死滅を生み出す。資本制生産は労働者の寿命を短縮することによって与えられた範囲内での労働者の生産時間を延長する」マルクス資本論」第8章「労働日」第5節。(この邦訳はアタシの手許にあつた筑摩書房版、2005年を引用)
明らかなことは先進国の就労者の福利が恵まれてゐるやうに富士康もけして悪くない最低給与水準(残業込みで月給2,000元)、十分な三食の提供(無料)、宿舎や余暇か湯堂もあり激烈な国際的な競争の中で利益率2%の薄利で(フォーブス誌によれば経営者・郭台銘の資産はUS$20億で香港の中型治産商程度)自殺多発後に従業員の給与の20%上昇に応じ……とかうして見ると経営者側も誠意あり、けして状況は悪くなく、これ以上の譲歩は会社が国際市場での価格競争で負荷となるだらう。富士康での従業員の自殺について会社側の遺族への慰安金が11万元であることが安いの高いの、と指摘され(普通の職工の10年の総収入に匹敵)、なかには職工が父母養ふ慰安金欲しさに命を捨てる、などといふ流言もあるが誰が信じようか。1999年の統計で10万人あたりの自殺者は27.8人(男性13人、女性14.8人)で富士康の自殺率はかなり低いのも事実。英国の産業革命初期に資本家は吸血鬼のやう、ひどい環境で女子どもが働かされ……慈悲深い小説家がそれを物語にしたが資本家が終業の機会を設けなければ貧しいまゝ盗みや物乞ひをしなければならぬ者もあり、かうした経済発展が我々の生活を向上させたのが事実。大量の農工が都市に流入し中国も同様の難題を抱える。それにしても言論と報道の自由憲法で保証しながら富士康の醜聞の報道規制するとは理性的なやり方とは思へないのだが。

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