富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

アルド=チッコリーニ師匠休演

fookpaktsuen2010-05-02

五月二日(日)雲一つなき快晴。高湿ならず爽やか。先週済まなかつた仕事あり晝から官邸でご執務。午後五時過ぎに尖沙咀。Z嬢とCharlie Brown Cafeで待ち合わせ軽く夕食済ませ香港文化中心。御歳八十四、アルド=チッコリーニ師匠のピアノ演奏が聴けるとは、と楽しみにしてゐた、今年のLe French May藝術祭でも屈指の演奏会。「ショパンとフランスの作曲家:三世代のピアニストが奏でるショパン生誕二百年祭」と題し大アルドがRoger Muraro(1959〜、こちら)とGabriele Carcano(1985〜、こちら)といふ二人の愛弟子連れ今晩と明晩の演奏会。今晩は前者と、のはずが大アルド体調不良で来港取消しで休演。代つて二人の弟子が二晩共演。大成駒休演で梅玉魁春の二人が主演の如し。大アルド、四月の日本公演はムソルグスキー展覧会の絵」奏でハウシルト指揮の新日本フィルでベートーベンのピアノ協奏曲三、四番とこなしたと聞ゐたが香港公演は成らず。この二晩の面白さはショパンらフランスの作曲家の曲をナポリ出身で巴里に客居の大アルド、リヨンの生まれ育ちだが両親がヴェネチア出身で意太利系のムラーノ、それにガブリエル君もトリノ出身で巴里でピアノの研鑽積む青年で、つまり三人とも意太利系でフランスで活躍するピアニストにショパンらフランス系の作曲家の演奏をさせる、といかにもLe French Mayの凝り性。韓国出身の歌手にNHKの歌謡コンサートで日本のド演歌歌つてもらふやうなもの。で今晩の演目は先づムラーノさんが
ショパン夜想曲から1番、バラードの3番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
ベルリオーズ&リスト 幻想交響曲
を披露し中入り後に大アルドが
ショパンの二つの夜想曲(作品62)、タランテラ、三つのマズルカ(作品59)、幻想ポロネーズ
ドビッシー ブレリュード第1巻全曲
を奏でるといふ好事家にはもう垂涎の、場合によつては食べ好きて消化不良起こしさうな盛り澤山の演目で香港では珍しく開演が晩六時半と早かつた。が大アルド休演でこの演目が、先づ「のだめ」の巴里でピアノ学ぶ青年のやうなガブリエル=カルカーノ君登場で
ショパンのの夜想曲から1、16、4番
フォーレ夜想曲6番
ラヴェルの夜のガスパール
を披露し中入り後にムラーノさんが
ショパンのアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
ベルリオーズ&リスト 幻想交響曲
となつた。前者はさらり、と弾いてみせるが未だ当然、青い。夜のガスパルもこのリストの超技巧のやうな第三楽章など音大のピアノ科の卒業試験のやう、でそのレベルでは「上手い」が聴衆の心に沁みるにはまだ/\前座から二つ目になつたくらゐ。これからが勝負だらう。アンコールにスカルラッティソナタから一曲。後者はさすが人生五十年の味あり。サッカークラブに空席なく親が音楽習はせた、といふムラーノさんは十一歳でピアノに目覚め、まるでサッカー楽しむやうにピアノ習得したのだらう、と思わせるお世辞にも器用ぢゃないが独特の味のある演奏で面白い。ベルリオーズの「幻想」はオケ演奏でもアタシはあまり好み非ずリスト編曲のピアノ曲でも鳥渡。もし大アルドとの共演で前述の曲目では(休憩が半時間で)聴く方もいつたいどれくらゐの体力が要つたのかしら。この曲の第五楽章(魔女の夜宴の夢)の演奏途中で低音の弦が一本プツン!と切れる。演奏中断したが見事にきちんとこなしたはムラーノさん立派。さう思ひたくないが大アルドに何もなければ、と思つたのはアタシだけぢゃあるまひ。アンコールはショパンマズルカから一曲。
▼今晩、香港文化中心のスタンヱイのピアノの弦が切れたのは、この長身でサッカー選手のやうなムラーノさんの力強き奏法の所為もあらうがアタシには四月のボリス=ベレゾフスキーさんのあの演奏がピアノの弦を痛ませたんぢゃないかしら、と思へてならず。
▼四月の大アルドの来日公演で朝日と日経の記事を興味深く読む。同じ文化部で朝日の吉田純子記者が大アルドから「日本の聴衆の静寂は、最高の報酬。西欧が忘れ去ろうとしている美しき伝統を、日本の聴衆が受け継いでくれている、そう確信した」と聞けば、日経の瀬崎久見子はクラシック音楽の希望の芽は「今や東洋にある」とチッコリーニは考える。「西洋では文学や哲学、音楽といった真の芸術が、生活から抜け落ちてしまった。日本などアジアの方が、伝統的な文化を大切にする心が残っていると感じる」と綴る。若いころにナポリの「いかがわしいバー」(吉田)で「君は将来、カーネギーホールで弾くことになるよ」と進駐軍の米国人将校に声をかけられ(瀬崎)巴里でジャン=コクトーアンドレ=ジッドと交流を深め「藝術に運命を操られ、探求を余儀なくされて行きている。だからこそ、自ら孤独を選んだのです」と独身を貫き(吉田)マルグリット=ロン、アルフレッド=コルトー、イヴ=ナットら大芸術家たちとの親交を通じて成長する一方私生活では「つらいことが多く、孤独を愛してきた」。今も一人暮らしで「毎日ピアノを弾き、友人や弟子が会いにくる。それだけが私の宇宙」と明かす(瀬崎)と二人の記者は大アルドを「わかつてゐて」書いているから含蓄あり。
▼映画上映で本日見逃して残念は費穆監督の映画「斬經堂」で1937年に周信芳、袁美雲らの出演で撮つた京劇の舞台映像。まだ続いてゐる香港映画祭で費穆の映画では他に梅蘭芳の主演作品もあり、それも日程の都合で見逃したのが残念。

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