富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2009-03-20

農暦二月廿四。春分。IFCの映画館でAri Folman監督の“Waltz with Bashir”見る。1982年の以色列によるレバノン侵攻作戦から話はパレスチナ難民キャンプ、サブラ=シャティーラの虐殺へと結びついていく。ドキュメンタリーをアニメーションにして生々しくないぶん余計にシュールで淡々と事実が映像で眼にやきつくから視覚がやられちまつて90分の作品を見続けると頭がだん/\ふら/\して途中、突然、急な猛烈な睡魔に襲はれたり眩暈がしたり。インパクト強き作品。最後にこの虐殺の生々しい実写フィルムが挿入されるのだが果たして実写部分は必要だつたかどうか、は意見のわかれるところだらう。見終はつてIFCにあるSam The Record Manといふ「日本製ハイエンド初版CDとLP専門店」訪れる。かなりキテゐる店でアナログならまだ理解し易いがCDでも初版に比べ版を重ねることに音は劣化するさうな。で日本のマスタリングとCD焼き回し技術は世界でも最高水準なので洋楽でも日本製の初版CDが貴重なのだ、といふ。で値段もハイエンド。ピンクフロイドの「狂気」のCDがHK$3,980、パブロ=カザルスのバッハの無伴奏はHK$9,880と、まさに狂気(笑)。LPはアタシが中学卒業の時に母に買つてもらつたカラヤンと伯林フィルのベートーヴェン交響曲全集(当時、慥か19,800円だつたかしら)が飾つてあつたが怖くて触れないどころか名物経営者に怖くて値段も聞けず退散。いくら貴重盤でもたかだかCDに数千ドル「投資」しようといふ酔狂な客がゐるかどうか。日に何枚のハイエンドCDが売れるのか、だがIFCのいくらロケーションはかなり奥まつてゐるとはいへ、こゝで店を構へてゐられるだけ経営者は俗人とは生きてゐるレベルが違ふことだけは慥か。本屋でミシュランの香港&マカオ版を立ち読み。ほんとだ、鮨加藤も掲載あり。一読して、香港にせよマカオにせよ、逆立ちしてしまふほど生半可なレストラン評と評価に唯々嗤ふばかり。小腹が空き久々に麥奀に雲吞麺食す、と開胃で更にGough街の九記で牛腩麺。麥奀の雲呑麺は上品さでは格別、九記の牛腩湯はどんどん進化?してゆくがスープの甘つたるさは人の好きずきでアタシは鳥渡、苦手。観塘のapmに向ふ。Amexの金曜日優待、映画のチケット1枚買へば1枚無料特典でZ嬢と映画『おくりびと』見るためだが中環のIFCの上映チケット買ふ積りがネット上で失敗り観塘へ。この映画が香港ではアカデミー賞でどうの、かふのより何より「あの搶錢家族(Yen Family)の滝田洋二郎監督の」と広告の冠になるところが何とも嬉しいのは滝田監督の『木村家の人々』が香港で記録的ロングランゆゑ。この映画上映で賑はつた灣仔の詩藝戯院は閉館後、この場所(新鴻基中心G階)は新たな店子も入りもせず、この映画館存続してゐればこの『おくりびと』もアカデミー賞うんぬんなければひつとりと詩藝で上映してゐたのかしら。映画は、葬儀の場の山崎努を見ると、これで銭湯の女将が宮本信子で納棺会社の社員が桃井かをりであれば映画『お葬式』だらうし、食事の場面はことに伊丹十三へのオマージュのやうに映る。脇をかためる役者が笹野高史山田辰夫石田太郎、大谷亮介と揃つてゐる。『狂ひ咲きサンダーロード』の山田辰男も老けたなぁ、と老けたアタシが思ふ。本木雅弘の父親役、それも故人の役で遺体演じた峰岸徹はきつと「科白が下手だから遺体役は適役だわ」と口の悪い映画評論家に生きてゐれば言はれたのだらう。映画じたいは『お葬式』の菅井きんの独り語りのやうな醍醐味もなく最後は家族愛みたいなところに収まるところが滝田洋二郎。好き嫌ひもあるが「蕎麦屋は蕎麦しか打てない」芸風といへば芸風。アタシは鳥渡、苦手。考へてみれば滝田洋二郎といへばアタシが最初に見たのは、といふか映画館で偶然かゝつてゐたのが「痴漢電車」シリーズでピンク映画「卒業して」の処女作「コミック雑誌なんかいらない」は最高だつた。ところで本木雅弘広末涼子が演じる若夫婦が住まふ、亡母の残した店にはクラシックのレコードが埃をかぶつて並んでゐる。女と逃げた父(峰岸徹)が好きだつたのがセロらしく、息子(本木雅弘)もそれゆゑセロ弾きとなつてゆくのだが、そのレコードはセロでパブロ=カザルスが目立つ。どうも今日の、Sam The Record Manの印象強烈な店主思ひ出してしまふ。それにしても、どうしてこゝまでセロとカザルスにこだはつたのに音楽は久石譲なわけ? カザルスの奏でるバッハの無伴奏でもハイドンのセロ協奏曲でも使へばよかつたのに。
▼昨日Z嬢がマカオから香港に還るフェリー内で隣席に坐した女性に香港の入境カードの書き方尋ねられる。インドネシア籍の若い女性で英語は解さず華僑だらう、中国語(普通話)は話すが読み書きは出来ぬらしゐ。であれこれ尋ねられZ嬢が書き方を教へるが、アタシは初めてみたが名前はMeifung(仮名)だか、でいくら探しても旅券上に記された名前はこれだけ。インドネシアでは珍しいことではないらしいが。旅券もよく出来てゐて、Family NameとOther Nameにでも別れてゐればまだ少なくても姓がないのか名がないのか、が判別できるが、Full Nameである。そこにMeifungと印字されただけ。これで済めば別にそれでゐゝし、名前に姓がなければならない、と思ふことの方が既成概念に拘束されてゐるわけだが、どうも心許なく思へてしまふ。

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