富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2009-01-27

農暦正月初二。曇天。田中秀臣『不謹慎な経済学』読む。午後に上環。祭祀。Z嬢と百姓廟、文武廟に賽す。FCCに一飲。Marks & Spencer商店に葡萄酒等購ひ帰宅。トマトと豚挽肉煮てパスタ茹で食す。Marks & Spencer買付のCôte de Nuits-Villages、Pinot noirの06年、この店の値づけでは高い割に今二つ。偶然つけたテレビで1997年の米国娯楽映画、ハリソン=フォード君主演の“Air Force One”見る。架空敵拵へ正義と自由の為に立ち向かひ勝利する我ら……米国民が好む趣向なり。柳家小満ん『べけんや』読む。
▼本日拝神日。新界沙田大圍の車公廟に新界鄉議局主席で行政長官・文革曽に請はれ最近行政会議入りの劉皇發君が参拝。例年政府要人が御籤引き今年の香港が運勢占ふが仕来り。地元のドンゆゑ廟内でも厚遇のなか上香祈福。連れの沙田郷事委員(蔡根培君)が先づ下籤(凶)引当て不吉な予感。で主役の劉皇發が籖引けばこれも下籤の27番で「內有家鬼 求財不遂」の文言。下籤は民政事務局の前局長何志平が2003年に引いて以来六年ぶりの不吉。03年は言ふ迄もなくSARS禍と50万人デモに揺れし年。場の空気も寒空が更に凍りたれば劉主席取巻きの鄉紳らに誘はれるまゝ縁起物の風車轉し早々に退散。「内鬼はいつたい誰か?」と正月早々の不穏。因みに車公廟の御籤96支のうち上籤35支、中籤44支で下籤はわづかに17支。つまり凶は五分の一の確率。郷事委員に続き鄉議局主席と凶が二つも続くとは。下籤といへば行政長官・文革曽も沙田政務専員時代の1984年に下籤引きたる悪運あり。その年、中英合意など香港の将来決定さるる。ところで今晩の春節花火のお披露目中に花火打上げの船二隻で引火して炎上の火事。この時の演目が「歌唱祖国」の由。
田中秀臣著『不謹慎な経済学』講談社刊。著者は「不謹慎」といふが「避妊具の値段高騰でオーラルセックスが増える」といつた謂わば都市伝説の類の話に経済学者の立場から言及した以外は「不謹慎」どころか真つ当な経済学入門。
・勝ち組と負け組の格差社会での勝ち組の限界費用
・社会問題化される人間関係の希薄化も実は皆が望んだ結果で効用もあり。
・官僚天下りの経済的効用。
ニートの総数誇張による政府・関係機関の予算拡大意図。
・日銀の消費者物価指数上ブレへの無関心。
等々、面白いテーマが並ぶ。石橋湛山の小国主義だらう、やはり。内藤克人、宇沢弘文といつた高名な経済学者がフリードマンを黒人差別論者扱ひしたことに対する反論も痛快。フリードマン教授といへば生前(亡くなる直前)香港経済について悲観的な発言あり。この田中秀臣氏がブログでこれを取り上げた際に氏がこのフリードマン発言に纏る経緯ご存知なく察せられ不肖富柏村失礼承知でお知らせ差し上げた事もあり(こちら)。この『不謹慎な』の上梓は昨年2月。最終章が「世界最大の債務国アメリカの経済はいつ崩壊するのか」なのが印象的。田中氏は「場合によっては不況に転落するかもしれないが、それは悲観派が予想するようなハードランディングにはなりにくい」と予測。経済学者は預言者ぢやないので予測が違つても不思議ぢやないが結果論で現状をハードランディングと見るかどうか。それはそれで良い、が気鋭の経済学者は日本経済への処方箋として「答へは簡単」と「日銀が名目成長率重視路線を採用し、緩やかなインフレ(2%前後)を目標とするリフレ政策にコミットすることである」と言ひ切る。湛山先生好きの田中氏だからリフレ政策が有効と言ふ。失礼な物言ひになるが、鍼灸の先生に整体はダメ、と鍼を勧められるが如し。それにしても有効需要が創出されねばリフレ政策に方策ない、としたら日本にとつての有効需要つて何かしら。
柳家小満ん著『べけんや』河出文庫。著者は黒門町の晩年の内弟子で桂小勇を名乗り、師匠逝去の後、小さん門下となり真打となり小満ん。アタシの寄席通ひの頃には真打だが高座を見た記憶なし。小満ん師匠の筆の巧さもあらうが黒門町がまるで目の前にゐるやうに思へる柔らかな文章。「お刺身をそひつとくれ」は朝餉で刺身を「添へてくれ」なのかしら、上野広小路の丸市なる店から鯛や平目を急ぎ「おい、手をお出し」と弟子に「味はつてお食べよ」と黒門町。「美味いかい。美味いと思つたら、それが芸ですよ」と。このやりとりだけで心に滲みる桂文楽。アタシにはどうも黒門町と久が原のT君が(もちろんずつと若いのだが)オーバーラップしてならずT君に言ふと「鳥渡、やめとくれよ」と彼は照れるが。黒門町と言ふと噺を聴いたことない人まで昭和46年夏の国立小劇場での「船徳」で噺に詰まり「勉強をし直して参ります」で高座下りた出来事ばかり繰り返し語られる。小満んによれば高齢の黒門町はいつかかうした事態に遭遇した時を案じ詫び口上まで考へて、それがこの「勉強をし直して参ります」だつた由。それにしても義太夫に凝つた黒門町が自分の義太夫を聞かせたい、と神田の鰻「神田川」に芸人仲間をお膳付きで招いた面子が今となつては懐かしい。小勝、小さん、圓蔵、三平、円鏡あたりは誰もが知るところだが奇術のアダチ龍光、漫才の英二・喜美江、曲芸の東富士夫、浮世節の亀松(名人三亀松門下で二代目三亀松襲名の亀松だらう)に粋曲の紫朝……。黒門町志ん生は逝つても龍光、富士夫の色物見て談志、志ん朝らがまだ若手、で圓生、小さんがトリに控へたのがアタシのかなり若い頃の寄席。それにしてもこの黒門町義太夫聞かせられる噺の「寝床」のパロディが可笑しい。二度目の黒門町義太夫の会は招いても欠席者続出。
「小さんはどうしたい」
「剣道の試合があるさうで……」
「撃剣か。……圓蔵は?」
風月堂のゴーフルを持つてまゐりまして、ゴーフル、ゴーフル(どうする、どうする)と洒落を云つて帰りました」(事実)
「小勝は」
「病気です」(半身不随)
三木助は!」
「死にました」(昭和三十六年没)
「三平は?」
「どうも、すみません……」(笑)
と「寝床」より可笑しい黒門町
長生きも芸のうちぞと落語家の文楽に言ひしはいつの春にや 吉井勇
▼「90年代より市場開放・構造改革の急先鋒として経済政策に大きな影響を与へてきた」中谷嚴先生が「資本主義はなぜ自壊したのか?」(集英社)上梓。「グローバル資本主義は(世界的金融危機や貧困化、社会保険システムの弱体化、環境汚染、人間性荒廃など)かうした深い傷をつくり出す「モンスター」になつたと断じ、それを支へる新自由主義の考へ方に決別、「転向」宣言を行つた」(以上、朝日新聞の社説)由。新自由主義からの転向考へるだけフランシス=フクヤマさんにしろ中谷先生にしろ理性と常識あつて、のことだらう。が「転向」といつても戦前の細胞学生の転向や戦後の清水幾太郎的な左翼の転向なら「あの人もやうやく左傾が癒つて」で(笑)済むだらうが新自由主義の、殊に小泉政権の御世の影響力を考へれば「転向」では済まない社会的責任があつてもをかしくないはず。
▼正月早々、派遣切りだの日雇ひ、失業、ホームレスなど暗い話題の続く日本。先進国にあつて貧困率は米国に次ぐ二位の由。不安定な社会情勢ではかつて一揆米騒動の打ち壊し、「ええぢやないか」の祝祭、等あり。バンコクで見られた市民の政府建物占拠や、その極論が革命。世界の常識的には国の政権交代が尋常手段。その全て何もがなされず、暗い現実を痛みを分かち合ひ日々じつと耐へて暮すことなんて出来るはずないはず。……と思ふとどこまでが本当に深刻な就労問題であり不況なのかとやはりマスコミの煽りを疑ふか、或いは日本が本当に「痛みを分かち合ひじつと耐へて暮すこと」しか出来ないほど、もうどうしやうもない絶望的社会なのか、の何れか。だがよく/\考へるとその二つの相乗効果かしら。

富柏村サイト http://www.fookpaktsuen.com/
富柏村写真画像 http://www.flickr.com/photos/48431806@N00/

不謹慎な経済学 (講談社BIZ)

不謹慎な経済学 (講談社BIZ)

べけんや (河出文庫)

べけんや (河出文庫)