富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-12-29

十二月廿九日(月)曇。腰の具合依然芳しからず。湾仔にて鍼灸院開かれる日本人の淺井醫師。Z嬢の紹介にて早朝に電話せば早速午前十時過ぎの診断お受けいただく。タクシーの揺れに油汗で湾仔。六國酒店前に下車。狭い診療所の机上に積まれた中醫の書の数々。丁寧な対応に生まれて初めての鍼治療も信じようか、と思はされる。間髪おかずいきなりの鍼治療。電気治療の同期がピンクフロイドの音楽に聞こえる。午後は必ず安静に、と念押しされるが午後は「これでもか」といふ程に年末の忙しさ。打合せで港九走る。それにしても鍼治療が効果覿面でかなり楽。素晴らしい。ただ訪れた某銀行のGM応接室の高級なソファほど腰に負担多き物なし。が同行のI氏のレクサスはさすが同じトヨタでもタクシー仕様のクラウンとはこゝまで違ふか、の心地よさ。ご親切で運転手に命じ自宅まで送つていただき感謝。昨晩は珍しく酒を飲みたいとも思はなかつたが今日は鍼治療の効果か久々に心地よくドライマティーニ二杯。昼間の電気治療の同期で思ひ出したピンクフロイドを聴く。香港のジャスコで売り出した小江戸麦酒の「漆黒」を前菜の温野菜と合はせて飲む。コロッケ、お好み焼きに続き、なんか子どもの大好きな料理のオンパレードだが今晩はカレーライス。カレーライスはバーボンのソーダ割が当家の仕来り。週刊文春の新年特大号は創刊50周年を読む。文春が好き嫌ひは別にして確かに読み応へあり。氏家幹人氏が「江戸の悪知恵」なんて連載(今回で第10回)をされてゐることに気づく。
週刊文春の復刊書特集「英知は復刊にあり」で村上春樹が海外小説の翻訳の新訳についてかう語る。
言葉って古びていくものだから、これから読む若い読者のためには、新訳はどうしても必要になります。逆に言えば、これから五十年先のことを考えて翻訳しなくちゃいけないということですね。
サリンジャーの『ライ麦』やフィッツジェラルドの『ギャツビー』についてのコメント。次の頁では柴田元幸サリンジャーの『九つの物語』を今回、新訳したことについて
僕の『ナイン・ストーリーズ』の新訳には、2008年の刻印がしっかりと打たれていると思います。だから、野崎孝さんのサリンジャーの訳が会話文から古びていったように、僕の訳もすぐに古びるんじゃないかな。
と。誰かが新訳を出すのは勝手だが、なぜ米国の戦後の小説に限つてかうも頻繁に今の時代に合はせて日本語がアップデートされないといけないのか?がさつぱりわからない。ディケンズとかゾラとか、しないでせう。『ライ麦』も確かに野崎訳の「奴さん」なんて言ひ方、誰も今の若者は使はないが、それはそれでイカしてる。……とは言ひつつ気になるから春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も読んだし野崎訳で「九つの物語」を読んだアタシはやつぱり今回の柴田訳の『ナイン・ストーリーズ』が掲載された『モンキービジネス』08年秋号も注文。だがアタシは刷り込みかもしれないが野崎訳の「ライ麦」が好き。サリンジャーの原作よりしつくりきちまふほどなのだ。……とここでコメント終へるとTyler Brûléで「だから何なのよ?」と言はれさうだが(笑)。
▼昨日この日剰に吉田の健坊の稲子さんと彌三郎さんとの鼎談のこと書けば空かさず久が原のT君が、あれざんしよ、天金さん曰く、と「安政の大地震の時それで梁に挟まれ動けなくつて亡くなつた先祖がゐたから、うちぢや洗ひ髪のまま床に就くのは禁じものなんですよ」つてやつ、と。その通り。ちなみに天金は池田彌三郎教授の生家、銀座の天ぷら屋。一昔前は天ぷらといへば新橋の橋膳、銀座が天金で浅草が中清であつた。亦たもう一つ、銀座で金太郎といへば天金の主が着たらうさんで、服部時計店服部金太郎とアタシも大好きだつたオモチャのキンタロウ。T君の話に思はず昔を思ひ出すが、そんなこと今更誰も聞いて「あつ、さう」で終はつてしまふ話かしら。その天金さん(彌三郎教授)の話は本から引けば
安政の大地震の時に、洗ひ髪で寝た者が、落ちてきた梁に洗ひ髪をはさまれて、それで焼け死んだといふんですよ。だいたいあたしのうちは女が多かつたですから、洗ひ髪で寝るととても叱られるんです。つまり地震でつぶされることまで考へるんですね(笑)。女のたしなみだつて言つてました。
といふ節。この鼎談を読み返せば三人とも十五代目(羽左衛門)の勧進帳に惚れ惚れ、が十五代目を知らぬアタシらの世代には羨ましく、新派といへば八重子、と昨日は書いたが天金さんが新派といふのは「喜多村(緑郎)と河合(武雄)」であつて「水谷八重子が出てきてから変つたんです。これが新生新派です」と言ひ切られてしまふと、八重子以前を知らないアタシは返す言葉もなし。がかうして活字に残つてゐるから八重子以前の新派の話を知れるワケでありがひ限り。序でに綴れば女性の髪形の「二百三高地」なんて今じゃ死語だねぇ。

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