富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-08-22

八月廿二日(金)台風「鸚鵡」接近で風強し。朝八時前に八号警報発令。離島やマカオ、珠江沿岸結ぶフェリーばかりか強風で路線バスの運行も続々と停止に向ふなか公立病院も救急医療除き閉院となるなかテレビのテロップに「以下6ヶ所の美沙酮診所は通常通り」と。美沙酮(Methadone、メサドン)はヘロイン等の麻薬患者に麻薬代用で投与の医療用麻薬。当然このヤクも切れれば禁断症状現れメサドン入手できぬことで復たヘロインや覚醒剤に手を出せば元も子もない、と台風襲来でもメサドンは提供と。麻薬、といへば相撲力士若丿鵬の大麻「事件」。20日だつたかの朝日新聞天声人語はなんだかB級の推理小説
端緒は自宅近くで拾われた財布。怪しいにおいを放つロシア製たばこ1本と、外国人登録証が入っていた。大麻に名を書いていたようなものだ。場所前になくした物に気をとられたか、7月の名古屋は4勝11敗と崩れた。
と語る。「大麻に名を書いてゐたやうなもの」といふ表現だけが可笑しい。気になる表現は(誰かがこの財布を拾つたのは確かだが)ロシア語の印字された巻き煙草が「怪しいにほひを放つ」と、このにほひが「怪しい」と感じたのは財布の拾ひ主か、あるいは誰か。いちばん困るのは警察の脚色で取材記者の鵜呑み。大麻に特有の臭ひがあるのは事実だろうが、その臭ひが「怪しいにほひ」は主観的なこと。よつぽど「事情通」なら拾つた財布広げてみるとロシア製の巻き煙草が一本。通常は一本だけ巻き煙草を財布にしまはぬから「こりや怪しい」と嗅いでみると「ありや、こりや大麻草」で外国人登録証を見れば「ありや、こりや本所のあの力士ぢやねぇか」で勘三郎なら面白い芝居に仕上げよう。が善良な市民は大麻のにほひなんて嗅いだこともないのに「怪しいにほひ」が刷込まれ麻薬だからやつぱり怖い、と。天声人語子もご多分に漏れず
伝統にはびこる暴力と、一部外国人力士の礼知らずは、今の大相撲が抱える病だ。大男の力自慢だけでは務まらぬ、強けりゃいいってもんじゃない。大麻となると、こうした嘆きの次元さえ超す。
と真つ当さう。が覚醒剤やヘロインならまだしも不法所持は違法とはいへ麻薬ぢやない大麻大麻取締法)程度で「嘆きの次元さへ超す」と大仰しい。しかも判断は難しいが「しごき」を「伝統にはびこる暴力」と片づけ「礼知らず」を一部とはしたが外国人力士に押し付ける偏見。かうして「大麻など麻薬は危険」「角界は暴力が蔓延」「やつぱり力士でも外国人はダメ」と常識(コード)が生まれるのかしら。昼にかけ雨風烈し。風速は時速60kmを超え、との報道に日本では秒速で言ふ風速を香港は時速なのだ、と今ごろになり気づく。風速が時速60kmは秒速で17.2mか(ちなみに香港ではラジオだつたので正確に聞き逃したが1936年だか63年に時速280kmの風速=秒速78m(最大瞬間風速に非ず)といふ台風の記録ある由)。非常食で冷凍のご飯で茶漬け。先日知人からいただいた鶴屋吉信の饅頭もいただく。菓子の栞の言葉の最後に「どうぞ召し上がれ」と、あり。「召し上がる」は確かに「食ふ」の尊敬語だが「召し上がれ」は鎌倉の江藤淳先生のお宅にお邪魔した時に奥様にご馳走を振舞はれ「さぁどうぞ召し上がれ」なら自然だが、見ず知らずの菓子屋に「召し上がれ」と言はれるのは鳥渡、と思ひ、どうなのかしら、さつそく久が原のT君に尋ねれば「召し上がれ」といふ言ひ回しが「主人が客に勧める立場でのみ固定化して記憶されがち」なため確かに商売人が用ゐると不遜のやうにも思はれますが、としつゝ懐かしい「東京の花売り娘」の「花を召しませ、召しませ花を」や狂言「昆布売」でも「昆布召せやお昆布召せ」との売り声を引かれる。納得。但し、と、いくら尊敬の動詞でも命令形といふ形そのものに強圧性が感ぜられるのは余儀なき次第、「召せ」のやうな尊敬の動詞の単用の命令形では自然と敬意が減じて感ぜられもの、なか/\むつかしいところ、と。ちなみに高家、禁中なぞでは例へば姫君や宮様方に申し上げる時に命令形は使へぬので「〜遊ばして頂きまして」なんて表現で。午後になり九号警報発令、5年ぶり。外出も出来ぬので机に家計簿だの凭り散らかつた書類等整頓。台風の目に近づいたか午後遅くから風も止み、たゞ今更何をするでもなし。バルコニーで風で折れたミントの枝より数葉拾ひ酢橘の汁でラム酒を飲む。有り物で夕食済ませると小康状態の天気は悪さを増し強風と刺すやうな烈雨。
北京五輪「疑惑」。開会式から少女が祖国讃へる歌が口パクとか朗郎らか郎朗のピアノも弾き真似とか少数民族の子どもたちが皆な漢族だとか、女子体操の選手年齢詐称とか……言ひ出せばキリがないが基本的にスポーツが見世物でありオリンピックが平和の祭典どころか国家が競ふ「武器なき戦争」であること、而もそれが十数億の国民と辺境の少数民族問題、様々な内政問題抱へる一党独裁の国家がガス抜きと貧困から経済成長果たす態を世界に誇示するために開催のオリムピックと思へば「成功させれるため」「勝つため」に手段選ばぬこと驚くに値せず。日本なら「南京大虐殺はなかつた」だの「中国侵略はなかつた」は一部の狂信的な輩の戯言に過ぎず保守的な右翼も自虐史観とされる左翼も主張は別に「そんなこと外国が理解するはずがない」といふ点では石原慎太郎渡部昇一から左翼系市民団体のヲバサンも含め結果、共通理解がありギリギリで体裁を保つてゐるのだらう。が、中国の場合「10数億の民を一つに纏める」といふ使命感で中共に勝る力量は存在せず、それが中共のたゞの奢りに非ず、内外とも中共一党独裁体制を許容あるいは黙認、中共的には今回の北京五輪を成功させるためにはたかだか女子体操の選手の年齢が二、三歳の違ひなど「差不多!」で、かりにそんな嘘が発覚したところで数千年の悠久なる歴史を有し、紙、印刷、羅針盤に火薬まで発明した国家としては、世界の覇者たる米国がイラク征伐して何が悪い、と同じく五輪成功のための手段が悪どゐと言はれようが何が「没関係了!」といふ独善となる。……と悪評はいくらでも言へる、が李嘉誠先生のコメント、長江実業の今年上半期の業績発表後の記者会見で北京五輪につき問はれ開会式参観で感激と興奮と答へると、件の偽証疑惑について突つ込まれ「その問題にはここで触れたくない。この会場で(80歳近い)自分が一番年老いてゐるはず。幼い頃に抗日戦争から列強による上海の租界占領を見て育つた自分が(混乱から改革開放を経て)この中国でいまオリンピック開幕の成果まで見られることが中国人として興奮しないわけがないし嬉しくないはずがなからう」とピシヤリと一言。だが、やつぱり嘘はいけない。
北京五輪「跨欄」競走での選手劉翔の棄権。この劉選手につき張五常教授が「劉翔勝敗十億之差」とまるで予言の如く経済学者の立場で触れたこと、この日剰でも一昨日紹介。さすが経済学の異才、偽骨董品販売や脱税など問はず、このまま学者として放置すべきことが世の為、で劉翔棄権後の言論が期待されたところ本日の信報に「從劉翔棄賽說黃龍覓士」と題した一文を寄す。期待して読めば、劉翔のまさかの棄権には驚いた、自分も実は米国留学時代に卓球はやつた、であれこれスポーツ異種で中国選手は何に勝るか、と拙推続け、最後に何を宣ふかと思へば、四年前に撮影旅行で九寨溝に遊んだ折、黄龍の秘湖をば訪れるのに七旬近き張教授、さすがに健脚も自慢できず駕籠に乗つたが、その駕籠の轎夫(駕籠かき)が5kmの山道を途中一つ小憩しただけで登り切り下りも一度も休まず。で毎日これだけ持久訓練してゐるのだから(中国選手の奮はぬ)長距離走はどうか、と。もし黄龍で精鋭が探しきれぬのなら更に山の険しき黄山で、と(笑)。どこまで真面目に書いてゐるのか、ノーベル経済学賞有力候補の俊英で贋物骨董販売、碩論とこんな駄文のこのギャップが、やはり天才、奇才の証左か。

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