富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-12-14

十二月十四日(金)早晩にFCCに参りラウンジでドライマティーニ一杯ひつかけDomaine du Grangeonなる仏蘭西ワインをグラスに一杯。新聞読。Z嬢来。BLTサンドヰツチ折半。パイプ燻らせ漫歩。市大会堂。香港ショパン協会主催の音楽会。今晩はIlya Rashkovskiy(イリヤ=ラシュコフスキー)君がピアノリサイタル。舞台向つて左通道2列目の角席、とピアノリサイタルでは最良の席ゲット。入谷君はアシュケナージ先生審査委員長の第1回香港国際ピアノコンクール優勝(05年)。今晩はワルツばかり揃へ、まづはショパンのワルツ7曲は3つのワルツ(作品34)、変ニ長調(作品64-1=俗に云う小犬のワルツ)、など。続いてスクリャービンのワルツ・変イ長調(作品38)、ラヴェルのLa Valseで前半終了。中入後はラヴェルの高雅で感傷的なワルツ(Valses nobles et sentimentales)で最高潮に達したはリストの(というかシューベルト原曲の)維納の夜会第6番とメフィストワルツ1番。アンコールはショパン前奏曲ラフマニノフの何某、ショパンのワルツ12番。05年のコンクールの時はまだ青かつた彼がこの1年半で見違へるほど、すつかり音楽渡世人。やはり舞台にあがる経験がかうして演奏家育ててゆくのだ、と納得。リストの維納の夜会6番が良かつたのは当然としてショパンとかもかなり上出来だつたのだが(贔屓目だが)客が相変わらず「エリーゼのためにで十分な」親子連れ多く小猿が落ち着かぬのは当然として親が更に顰蹙かふほど躾けなつておらず。中入りでFreris主席筆頭にかなりの客が顰蹙客に「帰れビーム」浴びせてはみたもののデリカシーなき子連れは何らそれに動じず後半も居座られたが小猿どもは睡魔に襲われ多少動き静まる。それにしてもあんな幼児をよくも連れてピアノリサイタルに来るもの。アタシも子どもの頃に中村紘子がピアノリサイタルで切れた現場に居合わせたことがあるが(アタシは芸能鑑賞では行儀良い子だったが)小猿が賑やかなのは致し方ないことで猿回し=親が猿回しの役目も果たせぬのが当世の災ひの元凶なり。而もかつてのスターフェリー埠頭の許し難き再開発工事のアスファルト地面砕く工事の騒音まで聞こゆ。哀しき限り。ふと、もう10年以上前からしら、このホールでMJQの演奏聴きしこと彷彿。静かな曲の最中に館内の!BGMの音楽放送聞こえミルト=ジャクソンも困つた顔で、だがこの程度のことには動じぬ演奏聞かせてくれアタシらは有難さにまるで拝むほど。
▼新聞の社会面眺めれおれば大成駒の建礼門院の如き白頭巾の「尼僧の検挙」に、すわ何事か、と思へば「打擊羭幫財源 掃黃賭毒4天拉247人 西九大反羭拘14歲雛妓」とあり暴力団の財源となる九龍の買春業一網打尽で百五十名余の「北妹」即ち大陸よりの淫売婦検挙され、なかには14歳の少女もゐる。写真は尼僧に非ず検挙の際に怪しげな按摩のバスタオルで顔を隠す、の図なり。黒衣は客用のガウンか。それにしても黒装束に白の頭巾は尼僧が装束。然るに淫売婦=聖女なることも首肯ける話。
▼「普通選挙、北京は結局、何を怖れてゐるのか?」(普選、北京到底怕什麼?)と信報の社説(本日)。行政長官・文革曽が全人代常委に提出の緑皮書にて述べた普選実施案は、「過半数の市民が2012年の普選実施支持」だが「2017年の普選実施については「更に多くの市民の支持がある」といふのが事実」。社説は、2012年の普選実施を求める者が現実にそれが不可能となつた場合に2017年の実施を求めるのは当たり前だろうに……と語り始め、この普選延期に到る経緯についての経緯を振り返る。香港の民主制度は80年代初、英国が北京と香港返還交渉始めた際に「英国の植民地よりの撤退時の慣例として」政制の民主的緩和をしたもので、中国にとつては「香港を独立させるやうなもの」でそれに難色示すなか80年代中には民主選挙制導入したものの、北京にとつては英国が返還前に遊んでいるやうなものに映り、北京は民主選挙は97年以降あらためて「仕切り直し」、10年あれば環境整うだらう、と2007年普選実施としたが、これに大きな楔を打つたのが2003年の71デモ。50万人といわれる反政府デモに対して北京は「愛国論」を用ひ出し香港を治める者は愛国者でなければならぬ、とし、この段階で2007年の普選実施は実質上不可。泛民主派が対抗政策をとるなかで北京は警戒心を強めるのだから、2017年の普選実施とてこのままでは危ぶまれる、と。見方によつては讀賣新聞的な保守だが、信報らしい、本当に普選実施しないなら中国との「落とし所」を見出しsoft landingしなさいよ、といふ冷静さ。香港の民主化によつて中国の「一党独裁の安定」崩されることへの警戒心、か。
▼南京での世界平和法会に日本から僧侶が多数参加。これがお東さんか西か、本願寺の坊さんであることは間違ひない、と思ふ。真宗は香港でも明治には本願寺があつたやうに日本の「南進」では重要な役割果たし昭和に入り日本の中国侵略で真宗の果たした役割は今もつて「戦争責任」が議論されるほど真宗にとつては深刻な問題。だがかうして大陸での鎮魂、和平活動に積極的にかかはらうとする姿勢はさすが明治の、天皇制が威光放つまでの真宗の底力、か。
▼政府に「潰してしまへばいい」ワケのわからぬナントカ発展局いくつもあり。そのうち巨額の資金で動く一つが香港旅游発展局(香港政府観光局)で、主席は自由党党首の定石なのが茶番(前任者が周梁淑怡で現認が田北俊)、何も真つ当な仕事せぬ偉いさんの厚遇はいぜんから揶揄されるが、今回の政府会計検査で指摘されたのが同局の実質的代表である総幹事(専務理事)だつた臧明華が雇用期間中にかけた自らの医療保険。掛け金はなんと2年で18万ドル(250万円)と破格で、而も家族も保険の対象、この支出は政府財政官の批准得ておらず問題となり立法会に参考人として呼ばれる。このオバサン曰く同局主席・周梁淑怡の承認得たもので、自分は身体が弱く任職中も二度入院し三度の海外出張中も身体の不調あり、SARSの疫禍中には隔離患者のいる病棟を見舞ふなどリスクの高い仕事もあり、周梁淑怡には口頭で承認を得たもので問題なし、と。厚顔無恥とはまさにこれ。この香港旅游発展局、従来の香港旅游協会が2000年に改組され董建華のご指名で周梁淑怡が主席に就任(このへんから、もう「なぁなぁ」の体質)、で周梁淑怡が「お気に」のオバサンら招聘し幹部に並べたもの。臧明華もStandard Chartered Bankのクレジットカード部門で負債者の取り立てかなんか主管してゐたが観光局に招かれ01年の初年度の年俸194万ドルが3年後には330万ドル(賞与除く)と、思はず「責任者出てこいっ!」と人生幸路。で責任者出てくると、結局は董建華、でお話にならず。

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