富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-09-11

九月十一日(火)昨晩、ホテルに投宿の際に札幌の古書店より岡本綺堂の明治劇談『ランプの下にて』が届いており受領。書き置く。読むのが楽しみな一冊。で今朝は六時に起きてモーツァルトのモテット(K.165)ソプラノは森麻季を聞きながら荷造り。このホテルはチェックアウトでも実に気持ち良く送り出していただく。自動車を雇い東京駅。荷物をロッカーに収め地下鉄で築地。寿司清本店にて寿司頬張る。カウンター十四人だかのうち総店長が仕切る角の四人除き八名が香港人で二名が台湾人。築地の寿司の国際化多いに結構。ただし「寿司屋にでれでれと松屋三越開店まで長居する勿れ」。常連の客ばかり寿司をつまみさっと席を立つ。築地の場外で買い出しのZ嬢と別れ朝日新聞社の横から竹葉亭のあたりを抜け銀座へ歩く。まだ朝早し。銀座病院の待合室で診療客のふりして新聞など読み時間潰す。八丁目の宮脇賣扇庵にて扇子購う。今回は尖沙咀のカメラ商David Chan氏に頼まれた扇子もあり。いつ盥ひっくり返したような豪雨来ても驚かぬ黒雲空を覆う。開店に合わせ松屋に向う途中でZ嬢と遭遇。動線が似る銀座ではおちおち買物もできず。松屋でDavid Chan氏に同じく頼まれた婦人用の折畳み傘(松屋オリジナル)購入。三共カメラでライカレンズ眺める。伊東屋。ファイロファクスの新作のリング幅16mmだかの手帖皮カバー購入。いつも銀座では「ばっちり買いまショウ」だが今回は我ながら静か。さしたる買物もなくライオンビアホールの開店に合わせ出向くと開店待ちのパナマ帽やハンチングの老人路上に少なからず。アタシもその一人。恵比寿麦酒のハーフ&ハーフ中ジョッキに一杯飲む。六丁目のライカ銀座店訪れる。ギャラリーで……の写真展眺め『マグナムの撮った東京』の写真集購入。ここの技術部での無料点検は「日本の正規代理店で購入の」ライカ限定。G階で客と店員のやりとり聞いているとカメラとレンズ購入の客は「それではお会計は消費税込みで合わせて158万何千円となりますが、お支払いはカードで、一括で宜しいですか?」「二回に分けて」と……なんて世界だ。M8の現品が試用のため置いてある。初めて触るが、定価58万円だかにエルマーのレンズ装着した、そのカメラが防犯用の鎖や紐もつけずに、置いてあり、隣にはM7も同様に。まぁ悠長な(防犯監視カメラも作動してるんだろうが)。で、店内の風景を撮影して……驚いた。「なんぢゃこりゃ」と松田優作ばりに驚くほど「ライカ的に」柔らかく明るく写る。デジカメでもやっぱりライカだっ、と納得。で清水寺どころか那智の瀧から飛び降りるつもりで58万円のライカ買っちまうか(或いは香港で買うか、香港のほうが安い)と思ったりもしたのだが、画像には直接関係ないのだが、落胆したのはモニタ画面の懐石ぢゃなかった解析度の醜悪さ。七、八年前のデジカメぢゃあるまいし斜線がひどいし拡大するとポルノ画像の局部の如くモザイクがすぐかかる。唖然。これぢゃEpsonR-D1sのほうがずっといいですよ、まったく。数寄屋橋でZ嬢と待ち合せ。「君の名は」だね、これぢゃ。丸ノ内線で東京駅。お昼用にカツサンド買って成田エクスプレス号に乗車。成田空港で書籍だの宅急便で送った荷物受け取りチェックインで計量すると59kgなり。ギリギリセーフ、でアタシら拳闘選手か。免税店で葡萄酒とシャンパン購うとすると航空券確認されお客様は途中で乗り継ぎでしょうか?と職員の確認受ける。台北で乗り継ぎではないが台北経由。台北で機内から出ると安全点検で液体持込み出来ませんゆゑお酒もそれに該当いたしまして、と。台北で機内に留まればいいのだが台北キャセイのラウンジで「麺を食べなければならぬ」ので後ろ髪ひかれつつ酒はあきらめざるを得ず。「テロ対策……ブッシュめ、まったく」と思えば今日は911なり。キャセイのラウンジで昨日の蘋果日報の一面に香港の親中左派長老徐四民逝去の報あり。で飛行機に搭乗し今朝の蘋果の一面トップは「香港の良心」(と言われる)陳方安生女今日にも史立法會補選出馬表明、とあり。親中左派の統一候補で立候補の葉劉淑儀は先週中に正式に立候補表明のはずが泛民主派の動き睨み正式立候補表明未だせず。陳vs葉では港島区では「良心」派が優勢。陳方安生の当選は現任の行政長官Sir Donaldにとっては穏健派として民主派取り込みで今後の政局運営に有利。しかも葉劉淑儀の立法會入りは当然将来の親中派行政長官候補になりかねず続投狙うSIr Donaldにとっては「絶対に行政長官就任はあり得ない元上司」陳方安生の当選こそ自らの安泰。陶傑氏は連載随筆で「陳vs葉」を前者が英國植民地政府のエリート官僚の本領発揮なら後者はかつて悪形悪相で市民の反感かった豪傑が米国留学経てイメチェン図り(脱胎換骨、包装再上市……見事な漢語表現)返り咲き狙うと思えば、まさに今回の補選は英対米、と。御意。台北へのフライト、乗客少なし。キャセイにとって台北経由の香港〜東京便は近い将来取り消すべきでは? 服務員もヒマなのでやたら葡萄酒注がれアタシャかなりいい気分。蝦のトマト汁煮食し黒松白鹿一合。機中、原武史『鉄道ひとつばなし』読む。近代の天皇制を社会思想史から解く当代随一の精鋭、で而も「鉄ちゃん」だから講談社のPR誌に連載の鉄道ひとつばなし、がつまらぬはずなし。鉄道モノの随筆といえば宮脇先生だろうが、お召し列車の運行が始まり「分単位」という時間の概念で日本が近代突入に至った話だの、東京駅がじつは虚弱な大正天皇に明治帝と同じ威厳を保たせるための舞台装置としての役割あったこと、だが大正帝は病状芳しからず東京駅は皇太子・摂政(後の昭和帝)のハレの御幸の場として利用され、原宿宮廷駅は大正帝の病態を人々の眼差しから遮断するケの場として造営され大正帝はこの駅から葉山御用邸に療養に旅立ったまま還ることなく崩御した事実だの、中央線はハレの場・顕明界(皇居)と多摩陵(幽冥界)結ぶ鉄道だからこそ他の鉄道路線に比べ自殺者が多いだの、梅原猛ぢゃないが何の根拠となる史料もなけけりゃ誰も他に論証のしやうもなき、もう、これは丹波哲郎か、家元(談志)の落語解釈みてぇなもんで講談。解釈が「面白ければそれでよし」なのだ。ブラック師匠の落語に通じるところあり。昨日、久が原のT君とも話したのだがハチャメチャなようでいてブラック師匠の凄さはきちんと古典を押えて、の悪戯けた話だから、の面白さ。古典の素養のない人はダメ……別に安倍三世のことを言ってるワケぢゃないけど(小泉さんのほうがまだ長唄くらいは解せますから)。台北キャセイのラウンジで牛肉麺食し飛行機に戻りウェルカムのシャンペン一杯で寝てしまい、あっという間に香港着。帰宅のタクシー降りてマンションの部屋入ると突然の雨は凄まじい降りっぷり。荷物の片づけ三更に至る。
▼昨日の東京新聞夕刊文化欄に二つ興味深き記事あり。一つは宮本徳蔵(作家)の「横綱というもの」。もう一つは梅原猛の連載随筆で「能について」。前者は筆者が小学生の時に当時全盛の双葉山が平幕の安芸丿海に負け宮本少年は「東京市両国立浪部屋 双葉山さま」宛に手紙を書くと達筆で和紙に認ためられた双葉山からの返事!が届き「あたなの指摘どおり、自分には右に隙があるかもしれない。あそこで強引なすくい投げを打ったのはまずかった」とした上で「だが、あなたはまだ小学四年生だ。先生の言うことをよく聞いて、一生けんめい勉強しなさい」と双葉山。友だちの間でもあの双葉山から手紙が届いた、と大騒ぎ、この宝物は昭和二十年の空襲で焼けた由。で同じ時代にもう一人の横綱が男女丿川。引退後、高砂部屋の跡目を前田山に譲りビジネスに転向すべく早稲田の夜学に通い興信所や保険代理業など始めたが失敗続きで最後は多摩川沿いの川魚料理屋で下足番をして孤独な死を迎えた、と言う。このような横綱の逸話を紹介しつつ話は朝青龍に及ぶ。横綱に求められる、単なるスポーツを超えた精神性。国技のこの精神性が日本人にもはっきり何かもわからぬのに海外から来た若者に理解しろ、は無理もある。朝青龍の憂鬱は横綱という神聖な概念に押しつぶされそうな恐れから来るもので、反発ではない。何とかそれを実につけようと努力しても思うようにいかない。四ヶ月の謹慎は「四畳半の茶道、面壁九年の座禅といった伝統を持たぬ騎馬民族から見て、監禁と誤解されかねないでもない」として「モンゴル、ヨーロッパいに向けても広く開かれた国技として、今後はいっそう慎重に考えていかねばならない」とする。
梅原猛は能「翁」について語る。翁の能は貴人の長命と国の安穏を祈る能として「稲積の翁」は弥生農耕民の祖霊である、と梅原翁。で大胆な仮説は後半の三番叟の舞について……だがこれは次回のお楽しみ、で今日の午後には成田のアタシは読めなかった。誰か読んだ人、教えれてくれれば幸甚。
▼香港鼠楽園、開業二年目の今日この頃、一日の来園者平日は七千人、と蘋果日報報ず。すでに職員リストラの由。融資銀行団が融資早期返済求めるのも明日明後日の話なり。

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