富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-07-04

七月四日(水)昨晩遅くThe Economist誌の十数頁の香港特集をようやくじっくりと読む。何がさすがThe Economistがセンスが良いか、って特集頁の表紙の頁大の写真は沙田のダートコース、五星紅旗の勝負服の騎手が騎乗のサラブレッドがたった一頭、走る。早朝の走り込みか、でタイトルが“One-horse race”である。いいねぇ、このセンス。特集の論調は総じて言えば“in the round a good deal better than a lot of people expected”でありインタビューに応じた蘋果日報社主のJimmy黎智英氏が「自分は間違ってた」とインタビューで「まさか新聞の自由があるなんて想像もしなかった」と最大の皮肉と賛辞を述べた、この言葉に尽きよう。でThe Economistのネット版に97年7月3日の同誌記事“Next steps in Hong Kong”という記事があり、これを一読して同誌の卓見にまさに驚いたのだが97年のこの返還の浮れムードの中で同誌は董建華氏に対して国家安寧(アタシはどうもNational Securityを訳す言葉で国家安寧以外ピンとくる言葉がない)どーのこーのより、返還後、董建華が直面する深刻な問題として住宅不足と不動産高騰、それに内地からの移民問題を挙げてみせた。周知のように、住宅問題は毎年85,000戸の公共住宅提供という董建華の施政案が「実はあれはもう廃案になっていた」発言で董建華の不信任が一気に高まり、移民問題は香港司法と全人代常委の「法解釈」を引き起こす。この2つの問題を挙げていたとは本当に凄い見識としか言いようがない。本日、朝起きて新聞読めば蘋果日報防衛大臣久間君辞任を小池女史が襲ったことに「日本破天荒」と。御意。ここ数日数年前のデジタル画像整理。昨日綴った通り実際にプロバイダーの容量激増でダイエットの必要なかったのだが今になって思うとお見せするのも恥ずかしい雑多な画像多く思いきって「今となっては見るにもあまり値せぬ」と思えた画像はサイズを極端に小さくし「残しておこう」と思った画像のみFlickrに貯蔵。それにしても2004年当時は一発着色という今では考えられぬ加工施した画像が殆どで恥ずかしいかぎり。スナップ写真というのはやはり最も難しい部類。何気ない写真だがじっくり見るだけのディテールがないといけない。そこで意味のないのが風景写真だの食卓に並んだ料理の写真など。その時は「美しい」「美味しそう」と思ってもアトになると無味乾燥。やはり見返すと最近の撮影した写真のほうが素人写真ながらに面白く思えるのはカメラとレンズの所為か。いずれにせよここ数年の「重い日剰」が軽くなったことは安堵。このサイト全体で161MBしかないのだ。アタシのこの7年くらいの人生が161MBだと思うと1日は63KBか。切ないと思うか、寧ろいつ死んでも7年ぶんの膨大な記録は残ると思うとピンクフロイド的な時間の流れに身を委ねた感じ(……と大層なことを思う)。晩に尖沙咀。海坊道街市の徳發で牛?麺。若い頃はこの冷房もない場所で熱い麺を食すなど清明節から中秋までは「とても勘弁」であったが、今はすっかり平気。やだね、年寄りは。香港太空館の講演廳で音楽評論家・周凡天氏による「解剖世界名曲進入音楽世界」という講座・初級編(逢水曜連続五回)が始まり拝聴。「それぞれの曲がどう美しい」みたいな講義でないことは「解剖」というタイトルで期待したが実際その通り。今回は「韓徳爾:大合唱<哈利路亜>」と題して単音(Monophony)、複音(Polyphony)と主音(Homophony)について。音楽を専門に勉強された方には常識的な基礎の基礎だろうがグレゴリオ聖歌の単音調をまず聴かせ、それに続いてポリフォニーについて説明したあとに初級だから当然でパッヘルベルのカノンを聴かせる(どうしてもアタシの世代だとこの曲は戸川純のボーカルが聞こえてきてしまう)。それも本来の複音の演奏として英国の古楽器の楽団を聴かせた後にボストンポップスシンフォニーの今様な演奏を対比させる。これにより複音のハーモニーがホモフォニーに変化する過程を「予測」可という周凡天氏の緻密さ。でホモフォニーの話で曲はベートーヴェンの「英雄」の第一楽章の主題。これも古楽器の演奏(Gardiner指揮のOrchestre Revolutionnaire et Romantique)とアバド指揮の維納を比べて聴かせてホモフォニーもいかに時代とともに主旋律の扱いが変わるか、を説明。で最後にヘンデルの「ハレルヤ」で、この誰もが知る短い曲の中に管弦楽の演奏と合唱でモノフォニー、ポリフォニーとホモフォニーがどう幕の内弁当のように組み込まれているか、を説明して90分の第1講が終わる。周凡天氏、見た目は地味なオジサンで声は往年のケーシー高峰の如き濁声。で音楽を語るとさすが30年のキャリアで秀逸。聴衆はアタシが若いくらい壮年、老年ばかり。何十年と周凡天氏の解説で香港電台第4台でクラシックを聴いてきた方たち、とお見受けする。5回の連続講義のうち3回しか参加できぬのが残念。
▼昨日の信報で社主・林行止氏がこの十年を回顧する大型インタビュー掲載、と先週から宣伝あり早速読んだが期待外れ。インタビューアーが社内で誰だか知らぬが突っ込みきれず。林行止曰く文革が一段落した75年から84年までは自らの論説も英国の「新界租借期限の満了にどう対処するか」であったのが84年の中英合意で「97年後も香港の社会が変わらずにあるためにどうすべきか?」に移り89年以降は天安門事件で徹底的に墜落した北京中央への信用と反面の懐疑へと移り……とその3つの過程の区切りということに言及したのみ。
▼香港返還10周年に合わせ米国で「休暇」中の新華社香港分社元社長の許家屯氏(94歳)が久々に元気な姿を取材に見せる。89年の天安門事件で香港に中国による香港接受への不安と動揺広がった時に船運王・包玉剛の女婿の蘇海文が香港の財界で100億元を集め北京に対して香港を10年間賃貸し主権移交遅らせるような案のあったことなど回顧。自らが退いた北京中央に対しては天安門事件での香港市民の許家屯氏が説くと江沢民もそれに耳を傾けたが北京中央の香港澳門弁公室主任の魯平が「有人売国」と暗に許家屯を非難したことや後任の新華社香港分社社長周南による許家屯には妾がいて云々といった醜聞にも言及し民事訴訟ものだと発奮し九旬ながら元気な姿。1984年に確か香港の社長に赴任し中英合意のあと、あれはWilliam?達智君の、だったのかファッションショーにオシャレな人民服姿で出てみせたり、85年から88年くらいまでが香港にとって返還前の最も明るい時期であった。
▼公民党にDavid?永鏘氏が入党、の話を先月末に綴り次は白花油王子の顏福偉君か、と冗談で書いたが実は顏福偉君は財界の中でも数少ないリベラル派で7月1日のデモにも500個の白花油持参で参加の由。行政長官選挙が箱庭選挙であることに不満あり今年初めてデモに参加と言う。
▼昨日の信報に七月朔日の公式式典関係での笑い話いくつかあり。SIr Donald君の行政長官就任式では司会務めた劉?・食物環境衛生署副署長は確かに惚れ惚れするほど国語が流暢だったが流暢過ぎて就任者紹介の時に「香港特別行政区行政長官董……曽蔭權」と思わず董建華の名前紹介しそうになり、また唐英年が代表しての政府官僚の就任宣誓の際に宣誓文は唐君のあとに続き同じ文句でいいのだが最後に「本人、○○○謹此宣誓」と言うべきところも唐君と一緒に「本人、唐英年、謹此宣誓」と諳んじてしまった者も少なからず。Sir Donaldも粗忽で致辞の際に「尊敬的胡主席」と普通話で胡(Hu)と言うべきところ広東語で胡(Wu)と呼んでしまったそうな。

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