富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-05-27

五月廿七日(日)夜半に雷雨あり。昼にZ嬢と銅鑼湾。Cafe Eosに食す。午後、顏を出せねばならぬ会合あり金鐘。落雷豪雨あり。室内に居り気づかず。本日、天安門事件「六四」18周年の集会ヴィクトリア公園にて開催され夕方、デモ行進、銅鑼湾より中環の政府本部に向う由。親中御用政党・民建聯にとっては党代表・馬力の「天安門事件虐殺なかった発言」でかなり非難受け、この雨はデモ参加者減らす恵みの雨かしら。夕方、金鐘でまだデモは参らずトラムに乗ると灣仔に入りかけでデモに遭遇。帰宅して枝豆と麦酒。雨上がりの紫色に染まる夕焼け見惚れるばかり。晩飯済ませデザートはインディアンマンゴー。噂には甘ったるいだけの普通のマンゴーより小振りのこのインディアンマンゴーが格別に美味いと聞いてはいたが香港に入荷の時期が限られ何処に売られているのか、あたしは見当もつかず。Z嬢が灣仔鵝頸橋の印度人経営の食料雑貨屋で入手。普通のマンゴーの値段は3倍くらい。5月に何度か入荷の由。甘みの抑えられた、ただ香りだけは豊かなマンゴーに檸檬のような柑橘系の酸っぱさが含まれ、それが甘みを引き立てる。自然の妙味。遅晩に『有吉佐和子の中国レポート』読む。本当に元気なオバサンで北京でも朝のジョギングをかかさず、まさか6年後に急性心不全で53歳の若さで亡くなろうとは……。「文革と四人組のあとの中国で、このアタシが人民公社を体験してくる」と息巻き、訪れた郊外の小役人の人民公社の組織形態など説明がちょっと十分じゃないと怒り、地場の農民の説明にちょっと数字の矛盾などあると「農民だからきちんと説明できない」と文句を綴る有吉佐和子について悪く言うことも可能だが60年代から日中友好に文化人レベルで寄与し漸く中国訪問で言いたいことが言えるようになった事への著者の喜びは読み手も酌まなければいけないのだろう。晩に胸がきゅっと痛み始め痛み徐々に増す。ストレスだの神経性のもの、とわかるのは初めてのこの痛み感じたのが23年前のあたくしの初めての訪中ひとり旅で深?から広州について余りの都市の大きさと共産中国の濃さに重いリュック背負って歩き続けた結果、市内の珠江岸に辿り着き「いったいどうなるのかしら、これから」と思った瞬間に、この胸の痛み走りフラフラの体で安宿探しあてベッドに倒れ込んだ時がこの痛み。あたしの今の生活でどこにストレスだの神経疾患があるの?と言われればそれまで、だが。
中国共産党の元朗の一人、葉剣英がピアノ演奏に長け「東方紅」もピアノでの初演は葉剣英によるもの、と秋吉佐和子の話にあり。葉剣英といえば19席末に広東省梅県雁洋堡下虎形村の客家の豪商の家に生まれ、黄埔軍官学校で教官となり、此処で周恩来と出会う。南昌起義での敗北後、香港経て莫斯科に軍事科学学びつつ独仏で演劇まで学んだ由。黄埔士官学校では周恩来と京劇でもやっていたのかしら。

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