富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-04-09

四月九日(月)復活祭翌月曜休日。昨晩深更に腹瀉感あり止瀉薬飲んで『水曜日は狐の書評』読了。実に面白い。著者の山村さんの野坂昭如平井呈一推理小説の翻訳家だが本人の創作による創元社文庫『真夜中の檻』を取り上げてみせた)、何度も紹介される映画評論家の山田宏一中島敦など山村さんの愛情がとても通じてくる。美味しい話が沢山あり。例えば一葉の『にごりえたけくらべ』の岩波文庫を紹介する。そこで、山村さんは、誰もが知っている一葉でなく、昭和十四年の並木鏡太郎監督の映画『樋口一葉』を紹介してしまうのだ。一葉の伝記に「にごりえ」や「たけくらべ」のエピソード織込んだ映画。その映画の一葉役が山田五十鈴(当時二十二歳)で「たけくらべ」の美登利が十五歳の高峰秀子だというのだからたまらない。また、ヘルマン=ヘッセという誰もが馴染ある作家の作品も天才的な編集者がヘッセの作品を「雲」や「虫」、庭師といったテーマでまとめることで読者に対して新しいヘッセ像を見せる。見直しの作業でもある。これを称賛して、エッセイの最後に「日本の作家についても、だれかがこうした見直しを図ってくれないものか。新しい川端康成、新しい志賀直哉なんか面白いかもしれない。あまり面白くないか?」などと批評家というより皮肉屋になってみせる。実に爽快。ところで、この本でチェーホフの『ワーニャおじさん』が紹介されるなかでふと思ったこと。チェーホフの演劇について。築地小劇場からチェーホフ劇を演じ、チェーホフの没後であるがモスクワに渡り帝政ロシア没落までモスクワに暮した、というロシア演劇に骨の髄まで漬った女優あり。その女優はチェーホフについて「ほとんど事件らしい事件もないうちに、演劇の底を流れているものは次第に発達し展開して行って、ついにそれが前面に押し出されて来たとき、私たちははじめてその強く抜き差しならない人生のドラマに驚くのです」なんて的確に語ってしまっているのだ。……で、何が言いたいか、と言えば、この女優が誰かということ。東山千栄子なのだ。我々には築地小劇場チェーホフ劇ではなく、小津安二郎の『東京物語』の、あのボーッとしたお母さんの印象のほうがずっと強い。どうすれば、チェーホフ劇の左傾の役者があの小津の映画で右も左もない、ただ日が昇って暮れるような、老婦になれるのか。人生そういうもの、といってしまえばそれまでだが、やはり小津がいけない。小津を日本映画の一方の象徴に祭り上げ(他方に黒澤明がいるだけまだマシだが)あの世界に「日本的なるもの」、調和や美を見出しては、いけない。ガイジンが欧米の価値観にないものを小津の映画に見出して感動しているのはいい。輸出向け映画としての小津。だが日本人が小津の映画を見て、日本の「良さ」みたいなものを感じているから、いけない。東山千栄子演じる、東京物語のあの老婦が東京へ行く旅行の支度などしながら「東京へ行ったら、お芝居でも観ませんか?」「……あ、芝居か」「ええ」「歌舞伎など何十年も見ておらぬなぁ」「そうですね、でも歌舞伎じゃなくて、あたしは若い頃の、チェーホフの芝居でも観たいんですよ」「ああ、チエ……ああ、千栄子か……(と勘違い)」とか、そんな会話。で、本日。朝イチで年中無休のC医師の診断請う。胃腸炎の由。かなり久々の晴天。なのにこんな日にかぎって昼までどうしても見たい映画あり市大会堂で映画“To Get to Heaven First You Have to Die”(監督:Djamshed Usmonov、タジキスタン、06年)を見る。昨年の東京フィルメックスで上映され好意的な映画評(最近、評論ってみんな好意的なのだけど)を朝日で読んだ記憶。中央アジアのイメージを一変させる都市型映画ではあるが、主人公の青年が夫婦生活が上手くいかぬ性的不能で、それを解消するがために「あそこまでやるか」がむしろ喜劇的。動物保護のためには殺人も辞さぬ、という過激派動物保護団体があることを思い出す。とても天気がいい。が尖沙咀に渡り一つ人と会う用意済ませ、その足で香港島に戻り昼すぎからご公務。競馬は本日、The Queen's Silver Jubilee CupでJoyful Winner軸にThe DukeとPlanet Ruler、Regency Horseの3頭を脚でTierce狙ったが、二番人気のDown Town外していて三着に入ってしまい1、2、4、5着的中とは……。Triple Trioも9頭中6頭(第5レースは1頭だけだったが、第6レース2頭で第7レースなど見事に三連単ならHK$4,856ドルで当てているのだが)難しい……当たり前か、でアタシが6頭当てるくらいだから9頭的中もけして難しくなかったようで配当は「たったの」HK$4.5百万(6,750万円)であった。最終レースのフジサンライズ(父がフジキセキ)の複勝でどうにか地味に挽回。晩に最近来港のK女史を交えZ嬢と三人で天后のPoppy'sに食す。最近、この食肆に来る機会あり。洋食なのだがあっさりとしており野菜ふんだんに用いて女性はとくに好きなよう。帰宅してテレビつけると台湾の娯楽番組で佐藤麻衣小林優美といった日本人の芸人があまりに流暢な中国語で番組に出演しているのを驚きつつ眺める。新潮社の季刊誌『考える人』の07年春号、小津安二郎の特集を読む。本当にお洒落な人。それにしてもこの雑誌、新潮社の定期購読者限定のなかなか含蓄のある季刊誌なのだが表紙こそさすがに小津安二郎でも見開きはユニクロの広告、そのあともユニクロの香港現法社長のインタビュー、裏表紙も……ととにかく雑誌の最初と最初がユニクロの広告に提灯記事。どうにかならないものか。雑誌にとって協力的なスポンサーの存在はありがたかろうが例えば岩波書店の『世界』のマグライト社であるとか、かつての『噂の真相』の(株)ビレッジセンターとか、控えめであることの大切さがあろう、と思う。
▼最近忙しい日々が続き、もう一週間近く前のことなのだが、自宅で片づけものをしていたら、ポケベルと一緒に懐かしいTien Dey Seen(天地線)の携帯電話機が出てきた。92年くらいだったろうか、この携帯電話?は市街地の各地に設置された中継点の周囲数十メートルの範囲内なら通話可、という簡易携帯電話で、当然、そこから移動してしまうと通話が途切れてしまうのが難であったが、当時、携帯電話がまだ高級であった時代に香港ではそれなりに一世を風靡。今見てもデザイン的には当時の携帯に比べとても洗練されていた、と思う。仮面ライダー1号とかが持っていてもいい感じ。
都知事選について。朝日新聞公明党支持層の投票率分析あり。都知事選では前々回に石原に対して公明党支持層の67%が自民党候補の明石康に投票し石原には6%に留まったが前回は実に公明党支持層の85%が石原に投票(対抗馬の樋口恵子には11.8%)。で今回は浅野に10%で石原への投票も79%と前回に比べ6%減。とするとこの6%が桜金造だとすれば(桜金造の得票の7割が公明党支持層だとして)公明党支持者の今回の投票者数は逆算で80.6万人。多すぎ、という気がしないでもないが、今回の都知事選での投票者数が550万人弱だとすると、公明党支持者での投票棄権がかなり少ないことを考えれば、この予測で妥当ではないかしら。石原と浅野の得票差は110万票も開いたが公明党で結果は十分に動いてしまう。それにしてもオバサン蔑視、福祉切り捨て、教育介入の石原に対してアレルギーがありそうで、それでも公明党支持者の79%が石原に投じるとは……。
▼その石原慎太郎であるが自らへの批判について「いろいろな誤解が拡大されたのは残念」だの、高額出張費も「都議会の議事録を読んでくれればわかる」と突き放し、オリンピック誘致見直しの世論に対しては「何を見直せばいいのか具体的に言ってもらいたい」とかわし(オリンピックをする必要がない、と具体的なはずだが)、取材で質問が厳しいと「批判って何ですか。それはバッシングでしょ」と声を荒げた由(朝日新聞)。あれだけオバサンだの教員、障害者をバッシングしてきた人が自分に矛先が向くと、この態度。この人のどこが、所謂「男らしい」のか。この逃げの口上だの、アタシたちは普通、これを「男らしくない」と言うのだが。石原慎太郎ホモフォビア的な、三島由紀夫にも通じるかも知れないが、所謂「女々しさ」(この言葉もキョービでは政治的正確さに欠け男女差別か)がここに見出せる。

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