富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-01-16

一月十六日(火)岩波講座『現代社会学』全21巻(2巻欠)と斎藤忠著『中国天台山諸寺院の研究第一書房を(もう拙宅の本棚には収まりきれず)「意識のはっきりしたうちに私有物はきちんと処分しておこう」活動の一環として香港大学のN女史のところに無理矢理、寄贈。晩のラジオニュースで香港政府が大陸からの妊婦の来港と出産につき「香港の病院の入院許可なき大陸妊婦の入境を制限」と報道あり。あくまで香港の妊婦の出産環境を維持のため、と。帰宅して久々にパスタ。鶏肉のクリームソースのパスタ。南アフリカPorcupine RidgeなるSauvignon Blancの06年の若すぎる葡萄酒で喉が渇いた時にガブ飲みしたら美味かろうが、ちょっと食事には合わず、ふと食前に飲んでいたウイスキーをちょっと混ぜると格段に美味くなる。白葡萄酒にブランデー入れても美味しいかな?と思いつつ、今、これを綴りながら試してみると、ただの林檎酒になってしまった。失敗。Economist誌今週号と月刊『世界』の1月号読む。
▼香港の男童院(日本でいう少年院)で12〜13歳の5人の少年が2、3歳年上の少年3名に肛交強要され拒み殴られたとして職員に訴え男童院側も事態を重く見て警察に通報。加害の少年2名は警察に連行され取り調べ。この施設では一昨年も16歳の少年が14歳の少年に手淫並びに口交強要し懲役9ヶ月の有罪判決受ける。この「事件」興味深きところは、まさにフーコー的なこと。少年院にJungenを「収容」することにより然る可くして発生する欲情絡みのBel?stigungなり。大人により少年院に収容されたことが原因でおきた性的行為に対して加害責任問われ更に少年刑務所に遣られるというのだから……。また、こういった少年「更生」施設において職員による(あるいは学校での教員による)少年少女への性的harassmentけして珍しくないことも大人が健全なる青少年の育成といいつつ大人の「まなざし」と「期待」の本性がなにか顕わに語るというもの。
▼昨日、焼いた時に、ついでにCDにも焼いてもらったフィルムでの一連の写真、の内から印象派っぽく「東来順香港店に降りる階段」と風景写真で「天后」。思わず写してしまったが、江沢民がお忍びで香港観光という噂もあり。
▼タイのホワヒンでの鉄道事故、昨夏、バンコクからホワヒンに向うのに列車かバスか、と悩み、結局、余とZ嬢は往復バスであったが片道、鉄道選んだバンコク在住のY氏曰く、鉄道事故も怖いが「毎日の様に、遺体バラバラ事件が起きる」国も怖い、と。ただバンコクも市街で警察による荷物検査あったりとタイ南部のイスラム系住民の過激派による(のだろう)対タイ政府テロ活動も高揚。いずれにせよタクシン率いるタイ政府勧めた南部のイスラム地域の強制的なタイ化に根本的な問題あり。
▼一昨日だったかの朝日の一面の図書広告でダイヤモンド社の新刊で「誇り高き国 日本」という胡散臭い書籍あり「私たちが生まれた日本という国には素晴らしい精神文化、伝統がある。この国に生まれて本当に良かった」と宣伝文句。だいたいにおいて本当に「生まれて良かった」と思う国ならこんな胡散臭い本は要らぬのだが、更に櫻井よしこが「日本を愛することの意味を、一人一人、問うてほしい」と絶賛。くだらない。この広告だけで「胸糞悪くなった」が同じ日の紙面で「私の視点」に日経の連載が最高に美味しそうな東京農大小泉武夫先生が「脂嗜好「食の堕落」は民族の危機」と一文寄せられ、一読しダイヤモンド社の胡散臭い本による不愉快の、溜飲下がる思い。焼酎ブームは……と書き起こし、日本人の食文化の変化で醸造酒の日本酒より蒸留酒で辛い焼酎のほうが脂っこい肉料理などに合う、と。海藻、根菜、魚、豆、米飯で低蛋白、低脂肪、低カロリーの日本の食が肉偏重となり、人間は長い間の食生活で培われた民族としての遺伝子があるのに、短期間での食生活の激変で心と体に驚くような変化があったのではないか、と小泉教授。ただ小泉先生は日本人が「キレやすくなった」のはミネラルの不足というが、江戸っ子の喧嘩好きであるとか、大海人皇子壬申の乱であるとか考えると、日本人の精神状態が食文化の変化で何か異変があったにせよ「キレやすくなった」ことを安易にこの例に出すのは如何なものか。それは置いておいて、小泉先生の提言はかなり重要。「食の墜落」は「民族の存亡」にかかわる極めて重要な問題、として「和食が優れた民族色であることを自覚し、食生活の見直しに早急に手をつけるべき」と。御意。わけのわからぬ教育再生会議など設けたり教育基本法憲法改正より、その通り、まず日本の食文化の見直し! マグロの価値上昇は米国人や中国人が「トロの味を好む」ようになったから、で銀鱈の争奪戦のように脂っこい魚を求めるのが世界的嗜好。ふむふむ。ならば、だ、日本はトロは諸外国に差し上げて美味い赤身だけ買い取って「ズケ」で食せばいいぢゃない?、とふとアタシは思う。で小泉先生は(井上ひさし氏もかねて提唱していることだが)自分たちの食べる物を作らない民族ほど弱い者はいない、と食物自衛安保に触れ「この国にそうした危機感がないことは国家として危機的な状況」と言われる。然り。で具体的には若者を農場や牧場に遣って田植えや野菜作り、酪農など義務づけるなど提唱。全くその通り。文化大革命ならぬ「下放」である。学校教育をいったん中断し子どもたちを教師とともに野に山に放ってみるのも教育基本法改正なかよかずっとマシな結果が生まれそう。
▼あと一ヶ月弱で旧正月。中国にとっては一年で最も賑わう春節だが、最近は「孰了聖誕、冷了春節」である、と鄭建生氏が語る(昨日の信報)。春節が地元で年越す人で民族大移動であることはまだ変わりあるまいが、聖誕祭が異教徒らに「ロマンチックな冬の節句」として必要以上に盛り上がられている実態。あたくし自身はカソリックの幼稚園でミサに参加させられての荘厳なる聖誕と(修道院の院長先生が山田耕筰氏の娘さんであった)、街中に忘年会で酔っぱらかったサラリーマンが髭のついた大鼻のオモチャの眼鏡をかえ「ジングルベル〜、ジングルベル〜」の、そのギャップに「日本社会としてはクリスマスはどこか胡散臭い」と思って以来、ずっとクリスマスには馴染めずにいるが(倫敦でクリスマス迎えた時はとても静かで心が洗われた思いもしたし、オーストラリアでのクリスマスも夏のサザンっぽさで良かったが)、中国も「さもありなむ」で、結局、その異教徒らの聖誕の祝祭が「消費」に収斂することが不愉快。

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