富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2006-11-21

十一月廿一日(火)東方日報に「幇弟弟入名校大家犠牲下父母逼兒子留級」と一面トップ記事。香港のラサール小学校で在校生の弟の場合(ここは男子校)、入学試験で優先枠あり。長男が小6でこの学校に通う家庭で弟の入学図る際に兄が卒業してしまうと弟優先枠得られぬため(同校の中学部入学では弟の優先枠得られず)長男を無理矢理留年図る。世も末。下午下多雨。晩に大雨。「黄雲」の集中豪雨警報発令は観測史上11月では初の由。闇の中FCCに向おうとピーク近く越えると突然雨歇み雲の絶間に見事なヴィクトリアハーバーの絶景。雨で汚れた空気流され遠くまで鮮明な夜景に見惚れる。FCCのラウンジでI氏と会い一飲。ダイニングルームに移り夕食。ワイン好きのI氏選んだ西班牙のJean Leonというシャルドネの赤葡萄酒の2000年。「香りはいいですが、ちょっとまだ風味は固い、でもしばらくすると味がよくなりますよ」但しデカンタに空けるほどではない、とのご指摘。料理に頼んだ鴨の腿肉の煮込み料理がワインにとてもよく合い、而もワインが本当に食後の頃には実にまろやかになり食後の飲み干しも実に心地よし。食後に地下のジャズクラブでピアノとベースのデュオ聞きながらボムベイサファイアのジンを一杯飲み帰宅。
▼「また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし」(新約聖書ヨハネによる福音書8章32節)について。この言葉の揮毫「真理令爾得自由」が某国立大学の図書館にあり。別に匿名にする必要もないが北海道のプロテスタントの学校といい「真理は人を自由にする」と謳う国会図書館といい、この国立大学といい、そういう<自由>がすべて反体制のよからぬ扱い受けるような危機感がいまの教育基本法改正で愛国心強要の日本の空気。恐ろしいかぎり。でこの「真理令爾得自由」はかつての最高裁判所長官、故・藤林益三元氏揮毫によるもの。もともとは藤林氏が関西の女学院に掲げられた「真理令爾得自由」 を見たもの、でこの女学院の揮毫は厳谷一六によるもの。
藤林益三(1907〜)京都府五ケ荘村田原生。弁護士。第7代最高裁判所長官。夫人は巖谷小波の末娘。昭和52年に勲一等旭日大綬章受章。
厳谷一六(1834〜1905)滋賀甲賀市出。官吏、政治家。中国の六朝風の書体をよくし、一六派ひらく明治三筆の一(一六の他に日下部鳴鶴中林梧竹)。巖谷小波の父。
というわけで一六は藤林氏の妻の祖父。
▼昨日ヤンキー先生の母校での学校存続の危機となったという大麻「事件」について綴ったが、ふと思ったのは「自殺しようと思った子どもたち」に鴻上氏の「学校から逃げろ」もいいが、せめて15歳くらいから、なら「まぁ、大麻でも一服」も一興か、と思う。少し肩の荷をおろしてリラックス、で。
▼ヤンキー義家先生について、昨日、リベラルから体制派への「転向」と言うにもおこがましい「移動」について書いたが、これは何も考えていないから、なのか(本人はそうであるにしても)何か強い力が働いたのではないか、と憶測。話題性のあるキャラとはいえ、いきなり安倍三世の教育改革の目玉組織の中心に据えるのはあまりに大胆(小泉内閣でのお猪口大臣の比でなし)。例えば与党内(公明党を含む)での強い推薦であるとか、ヤンキー先生を与党側に惹きつけたところにヤンキー先生もころっと転ぶようなかなり威厳ある人物が直接会って一本釣りした、とか。「偉い人に弱い」のがヤンキーの習性。偉い、といっても単に組織のトップとか肩書とか、だが。
▼遺した芸談集で貴重な歌舞伎の尾上多賀之丞が日経の「私の履歴書」で昔「脇役がもっと恵まれないと、脇役をやる役者が出てこなくなってしまう」と語った一言について、今になって、の面白い話を聞く。

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