富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月九日(土)毛沢東逝去三十周年忌。連日十時間以上酷使される我がPowerbookは最近発熱のきらいあり。昨晩は高熱を発し尋常に動くもののシャーと呻き始めシャットダウンは強制終了しか出来ぬ病状。これやマズイとTimes Squareにあるアップル社香港ご指定の外部委託の診療所にPowerbook連れてゆくが昨年5月購入で一年の保証期間切れたからと修理以前に診察だけでHK$600と法外な事を言われ冷酷な対応に呆れ診療所出てヰンザーハウスにある懇意のマック屋「けーぶれくす」一年ぶりかで訪れると数年前まで骨董品やの如く雑然としていた店が二年前かにずいぶんと「マックっぽい」内装に変えてはいたが昇降機から降りるとすぐ目の前の一等地に新規移転しけっこうな繁盛ぶり。電源部分の問題で済めばいいね、とひとまず愛機預け診断を請う。当然診断だけなら無料。有り難い。昼前より雲行き怪しく午後大雨に落雷あり。とんだ土曜となる。いま手許にあり少しこれをアップロートしているのは2001年?だかに購入のPowerbook G3でOS9である。手始めにNetscape Communicatorで動かしてみたが「はてな」の日記ですら画面崩れて作動せず。IEMacintosh Edition5.0という、おそらくAplle社とマイクロソフト社が和解して最初に出たくらいのMac版のIEでおそるおそる上網。ちゃんと読める文章の体裁になっているのかしら。ほとんと暗中模索、手探り状態。午後秘密基地にて諸事片づけ早晩に独りFCCのバーに憩ふ。ハイボール二杯。数日分の新聞読む。帰宅して昨日の、ピーター=ヰスペルヱのチェロでオーストリアチェンバーオーケストラとのショスタコーヴィッチのチェロ協奏曲1番を昨晩演奏会場で買い求めたCDで聴く。いやー見事な演奏。これに踊りがつけば最高。それを聴きながらウォッカ檸檬など飲みながら中井英夫の「黒鳥譚」を読んでいたら、この短編の物語、そのまま舞台で黒鳥は美輪明宏、主人公はそうさね、往年の岸田森とか、で音楽はこのショスタコーヴィッチのこの曲で、最高の舞台になりそう。日暮れ。余の拙家は照明がかなり暗い。本など読むには意識して灯りの近くに身を寄せる、それくらいの仕草がいい。日本の家も昔は部屋の四隅に小鬼でも居そうに暗かったのだろうが高度経済成長のころに無節操に明るくなったが照明が煌々とした家ほど恥ずかしいものはない。余が暗い中にランプがぼんやりと灯るような家の記憶といえば小学校の高学年の頃であったか近所のプロテスタント教会の牧師に英語を教わっおり日本人の牧師さんであったが傴僂(せむし)で奥さんは絵に描いたように綺麗な確かドイツ出身だったか。殆ど真っ暗に近い家で居間にランプ一つ、廊下に薄暗い灯、キリスト教研究関係の書籍が沢山並ぶ書斎で待っていると傴僂の牧師さんがすっと現れ「お待ちどうさま、さぁ始めましょう」と英語の勉強が始まり帰る時には奥さんが薄暗い居間で夕食、シチューにパン数切れとか並べているのだった。当時、乱歩を乱読していたので、小説の世界がそのまま現実になったようで怖いほどであった。秋刀魚を焼いて食す。
▼香港の公共放送の父、Jimmy Howthorne氏七日に逝去。享年七十六歳。BBC出身、1970年に香港に参りテレビ放送の黎明期に香港政庁電視総監となり電視部で駱友梅(信報社主・林行止氏の妻、信報の現社長)や張敏儀ら有能な若手製作者起用し「家在香港」や「獅子山下」などの社会派名作ドラマ生む。72年に広播処長となり、マクルホース総督の合意を受け、それまで政庁新聞処が一手に扱ってきた官製報道を公共放送局としての独自の取材と報道を確立。76年には教育司署が制作してきた学校向けの教育番組の制作も始め香港電台は英語名もRadio Hong KongからRadio Television Hong Kong(RTHK)となり76年の退任前にはFM放送も開始。離港後はBBC北アイルランド局長務め89年に引退。
▼信報の日本の皇室の皇位継承紹介する記事。親王誕生で「日本の古式に則る伝統的な皇室独特の行事」と言われるが親王誕生に天皇が使者通して直刀を送る「賜剣(しけん)之儀」も、愛子様の名が孟子の「愛人者人恒之愛、敬人者人恒敬之」に因むことも、赤子が始めての「浴湯(よくとう)」も「読書鳴弦」の儀も赤子の無病息災祈る「破魔」の矢もみんな唐国のものだと思うと保守反動右翼の諸君の「支那嫌い」もシナフォビアとでも言っていい鴨。ところでこの記事に「読書鳴弦」の儀が親王の一方で衣冠単の読書役が国書(日本書紀推古天皇に関する一節)読んで聞かせ文運を、二人の鳴弦役が左足を一歩踏み出して掛声のもと矢のない弓の弦を二度引き放って武運を祈るそうな。日本書紀という本がここまでオフィシャルなものとは知らなんだ(日本の新聞にも出ているのだろうか)。今上天皇であるから読書鳴弦の儀で読書役が日本国憲法の前文を読む、というわけにはならぬのだろうが陛下がそっと憲法前文読み聞かせていたら、などと想像してみたり。ところで男児親王誕生で「おめでたい」論調ばかりが判で押したように並ぶなか、さりげに朝日新聞「私の視点」に「安倍晋三以上に主婦に人気沸騰しそうな甘いマスク」で東京大学文化人類学の大学院教授・船曳健夫氏が将来、天皇制にかわる民主的な共和制になった場合に天皇制をどう置き換えていくのか今から議論が必要なのでは?と提言。皇位継承など皇室のあり方議論のなかで将来的に共和制への移行にまで言及とは。少なくとも天皇制存続が前提の議論のなかに、あまりにも明白地に天皇が「普通の市民として生きる可能性」にまで言及とは突飛すぎて逆に目立たない鴨。赤旗とかにもこれくらいのソフトな天皇制議論ってあるのかしら。
▼英国のPlain-Words Mediaというメディア機関の編集長Kevin Rafferty氏が日本政治のナショナリズムについて文章ありSCMP紙で読む。小泉三世から安倍三世への首相交代にあたり靖国神社にとっては小泉三世は首相就任までstrangerであったの対して(このStrangerは稀客とでも訳せばいいか)安倍三世は常連客。小泉三世のナショナリズムは首相としてのパフォーマンス的なのに対して安倍三世は心底ナショナリストであること。日本の政治のナショナリズムの高揚は英国だと二十世紀初頭のLittle Englanders(欧州からの英国の隔離を主張)のように映るが英国ではLittle Englandersが異端であり少数者の政治思想で大衆の支持を広汎に得られなかったのに対して日本の今日のそれが小泉三世の支持率に見られるように広く受け入れられていること指摘。それに関連して言えば今日の朝日新聞山口二郎教授が率直になんでこんなに阿倍人気が高いのかわからない、と述べている。怖いのは保守は保守でも保守的とされてきた人が歴史の現実を踏まえて論を立てても聞く耳を持たない狂信的な人々がおり、そういた人たちが安倍三世のブレーン化していること。最近の保守の内部での分裂はそうしたところにあるのだろうが従来の保守で故・後藤田先生、ナベツネさんや亀井静香チャン、山拓さんといった人たちからしても、もはや対話不能と呆れかえる程のカルトな人たちがメジャーになろうとしている怖さ。そこに「何も考えていない」「ただ阿倍政権で一歩でも中枢に近づきたい」金魚の糞のような代議士が自民党の7割もいるというのだから呆れるばかり。そんな7割を選んでいるのも国民の多く、か。
毛沢東逝去三十年。年に二百万人が毛沢東生家訪れる。南獄七十二坊峯の一つ韶峯山にある毛家の祖墳は四百メートルも麓より登山せねばならぬ高地ながら求財求福求保佑と毎日千人超える参拝者あり。なにが共産主義か、まるで土着の神仏信仰の如し。1961年に毛沢東が長江を(確か武漢あたりだったか?)泳ぎ渡りきったとされる時のウエスト42インチ!の水着(当然、紅色)もどこだかの毛沢東記念館に展示あり。毛沢東が泳いだ、とされる大河、湖水は中国各地にあり広州も六十年代に毛沢東が珠江泳いだそうだが当時すでに珠江は水質汚染と悪臭非道くとても泳げたものでない、というが毛沢東が泳いだのは神話となりもはや真偽うんぬんの話でなし。
台北にて阿扁総統辞任求める「倒扁静坐」あり三十万人坐りこみ。民進党元老でありながら苦渋の選択にて反扁選んだ施明徳氏(美麗島事件無期懲役李登輝総統就任後に特赦)がこの反扁運動の象徴と化しているが、信報で誰だかが書いていたが、施明徳がここぞといふ時に出てきてキリストの如く人々の共鳴得るのは高雄事件の時といい今回といい自分が何処で舞台に上がれば最も拍手喝采か、を理解したこと、と。

富柏村サイト http://www.fookpaktsuen.com/