富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月四日(金)朝五時半に目覚め荷造り済ませ六時に開くスパで一浴しクラブフロアのラウンジで簡単に朝食。新聞によれば、プミポン国王の入院先の病院から王宮へのお戻りにあたっては、近日中のこの移送に対して、警察やバンコク市当局の万全策は当然として、病院側は敷地内の道路の全ての speed bomb(日本語で何というのか知らないが、自動車の速度落とすために路上につくられた隆起)を撤去し柔らかいアスファルト敷きに改良。骨の関節の損傷で御輛車が「ガックン」となる衝撃を避けるため、の措置。Z嬢曰く「それなら王室専用の気球船とか飛ばせばいいのに」と。御意。黄色い気球船がバンコクの市街上空をふんわりと飛ぶ。手術結果も良好、王室に戻られるプミポン国王。その黄色い気球船を眺めようと空を見上げる市民。道路の車もみな一斉に止まり運転手も空を見上げる。バンコク中が動きを止めて。国王陛下万歳、タイの栄光、と感激に包まれ。黄色い気球船、いいなぁ。七時半にホテル出てタクシーで三十分で空港。タクシーの料金表を見たら50kmで200バーツだったか、つまり600円。都心から成田空港までタクシーで1000円だったらいいのに。空港に着くとキャセイの香港便が全てキャンセル。一瞬「げげっ」と思うがキャセイから携帯のSMSなど使った連絡も入っておらぬしチェックインカウンターもあまり混乱しておらずタイ航空などは予定通り。香港経由の東京へのフライトであったためタイ航空の直行便への変更となる。香港でトランジットするよかありがたい鴨。実際、成田到着は早まる。昨日、香港が台風の影響ひどくフライトもほぼ全面的に取り消されたようで、その影響で「香港から来るフライトがなかった」ための香港便欠航の由。次にバンコクに来る時には新しい空港になるわけで、いつもキャセイで第2ターミナルであったが今日はタイ航空となり古典的な第1ターミナル利用。これも最後か。いくつかの航空会社が契約するCIPのファーストクラスラウンジが使えたので(全日空もファーストでこのラウンジ)フライトまで2時間近くあったが快適。フライトもキャセイからの闖入の身でありながらB744機で31列窓際というY席では最上席確保される。今回はバンコク〜香港〜東京はY席予約のためせめてもの配慮、と最後尾の2人席を予約していたが、成田まで直行となり最前列と幸運。バランタインソーダ割り二杯。機内食のタイ風の蝦カレー美味。読みかけの後藤繁雄『独特老人』読了。芹沢光治良(作家)、植田正治(写真家)、堀田善衞(作家)、多田侑史(裏千家執事)、宮川一夫(映画キャメラマン)、中村真一郎(作家)、家畜人ヤプー沼正三(作家)、吉本隆明(評論家)と鶴見俊輔(哲学者)。数日前に堀田善衞はこの本に登場せぬ、と書いたが誤解。そして特記すべきは多田侑史で、実はこの表千家の執事の氏につき久が原のT君との語らいの中で話が及び興味もち調べたら、この『独特老人』面白そうなので入手した次第。堀田善衞氏の語りのなかで江戸時代に日本は識字率などかなり知的水準が高かったのに昭和になり軍人の無教養まで陥った、という話あり。この知的水準の下降というのは私見だが恐らく明治二十年代からの国民教育目標とした近代教育の始まり(でいて教育勅語とか生まれるから可笑しいのだが)に原因があろう。そして戦後は残念ながら民主主義教育が(民主主義教育ぢたいが保守反動右翼の諸君の言うように欠陥があるのではなく)本来、基本的人権も個人の尊厳も民主主義も革命的に会得していない人たちにより、それが育まれたから問題が生じた。堀田氏にすれば欧州連合の成立など
十三世紀から十六世紀の、国境というものがほとんどなかった時代に戻るとまでは言わないにしても、「ああ、あれか」という感じですよ。あの人たちにとっては、国境があった時代の方が短いから。せいぜい、ネーションステートになって二百年くらいでしょう。それがまた後退していくということは、別に不思議じゃない
と。言い得て妙。この本、編者の後書き読んでいたら登場する老人たちの写真のうち一枚だけ荒木経惟の写真があり、「あっ、もしや」と思って見ればやはり漫画家・杉浦茂氏の写真がそれ。言葉で表現するのは難しいが、杉浦氏の顔よりも顎の下にそっと添えられた手、何しろこの手が漫画を数十年描いてきたのだから、荒木経惟という写真家をこれまであまり評価していなかったが、その手に天才アラーキーのレンズは向いており、そして次に顔に部屋に差し込む柔らかな陽射しを背にして撮影されたのだろうか、微妙なコントラストと露出の中で顔の両側から明るい光で顔の額から顎にかけて陰がさし、それでいてきちんと顔のきれいな皺までが写っており、而も!その顔よりほんの少し後ろに退いた上半身(つまり杉浦氏の顔がちょっと前に出ている構図なのだが)上半身は深度が浅い撮影でぼんやりと背景のよう。なんと見事なポートレートなのかしら。バンコクの空港の書店で購入したChris Patten著“Not Quite the Diplomat”(ペンギン)少し読む。先日はこの本の出版の宣伝で来港のところアンソン陳方安生の民主運動発言でPatten氏までかなり脚光浴びたもの。興味深い記述に、数年前、EUの外交コミッショナーとして来日の際に小泉三世との会見で小泉三世に“When, is Britain going to enter the Eurozone?”と尋ねられたそうで、この質問は在日中、外相から経団連代表まで数限りなく尋ねられたという。パッテン氏の持論は英国の欧州での孤立はアジアの対英投資を消極化させるなど影響が深刻、というもの。六時間ほどのフライトで成田着。荷物受け取りのベルトコンベアーのところに幼児うろうろと多く危険。「ちょっとこっちにいなさいよ」と注意は口だけの親。「ちょっと危ないから退いてね」と言っても返事すらせぬガキに「殴ったろか」と思う。ひっきりなしにアナウンスが「拳銃や刀などをお持ちの方は……」と流れるのだが誰も笑わない。「あの、拳銃もってるんですけど」とかと税関に出頭するだけでコントとして面白いのだが。「えきねっと」で予め予約していた国鉄の指定券ずらりと受領。本当は機械で出来るはずがJR側のエラー続き窓口で。今晩はJRで上野経由で郷里に戻ろう、と思っていたが荷物もあるし、ちょうどいい時間に空港バスあり。Z嬢とは空港で別れる。バスは設備はいい上に乗客は十人くらい。暫くは高速道路を走ったが、NHKの海老ジョンイルの郷里、鉾田なんて経由するから、対向車線に車もないような真っ暗な田舎道をひたすら走るバス。郷里では明日からが夏祭りで今夜は千波湖という湖の近くで恒例の花火あった由。珍しく駅前にも夜半に人出あり。かつては賑やかだった夏祭りも、所詮、神社寺社の祭礼でなく商工会議所と観光協会だかが戦後に人工的に盛り上げた祭。主体は商店街の商店主であるから、商店街が完璧に廃墟と化している状況で、かつては一軒あたり十万、二十万と持ち出して七夕の装飾などして、各商店街が競って催事していた頃に比べれば、祭も盛り下がるのは必然か。子どもの頃の夏祭りの賑やかさ思い返す。帰宅して仕出しの鰻重を母がとっておいてくれ食す。読売巨人軍最下位。
▼昨日の小泉メールマガジン。「戦没者の慰霊」と題して自説繰り返す。小泉三世ご本人の平和への強い決意、戦没者慰霊の念、それはよい。それが個人であれば思想信条の自由もあろう。だが今さら小泉三世に指摘したところで「小泉の耳に念仏」だが首相がこの靖国参拝憲法第十九条の思想信条の自由を持ち出すべきでない。
マスコミや有識者といわれる人々の中に、私の靖国参拝を批判している人がいることは知っております。また、一部の国が私の靖国参拝を批判していることも知っています。私を批判するマスコミや識者の人々の意見を突き詰めていくと、中国が反対しているから靖国参拝はやめた方がいい、中国の嫌がることはしない方がいいということになるように思えてなりません。
って、国民の賛否が二分されるほどの問題という認識に欠ける。「一部の国が」って具体的には韓国、中国だが、直接の戦争での被害受けたから中韓の反発が強いわけで、国連ででも「小泉靖国参拝は是か非か」と問うてみればよい。けして一部の国の批判では済まされぬ。こんな認識でいて、またいつものように「私は、日中友好論者です」だの「私が総理大臣に就任した平成13年以来、日本と中国の貿易額は、2倍以上に増加し」「日本と中国の間の人の行き来も、約1.5倍に増えています」などと宣う。これは、絶対に小泉賛成の功績に非ず。民主党共産党が政権をとろうが、極端な話、石原慎太郎が首相になっていたとしても、近年、日中間の貿易や人の往来は激増したはず。それをまぁしゃーしゃーと宣うもの。さらに詭弁は続き
私は、こういう考え方(中韓が首脳会談など避ける姿勢)は理解できません。もし、私が、ある国と私の考えが違う、あるいは日本の考えと違うからといって首脳会談を行わないと言ったら、相手を批判しますか、それとも私を批判しますか。おそらく多くの国民は私を批判するでしょう。
というような発言も説得力があるようで、論点のすり替えというか(そんな意図的なレトリックではなく)アタマが悪い。一般論ではいかにも「考えが違うからといって首脳会談を拒否する首相」に国民が批判しそう。しかし中国を例にすれば靖国A級戦犯合祀があるから中国が「首脳会談は行わない」という姿勢に中国で国民は反発より同意が強いのだし「小泉とは」首脳会談は行わない点については合意がぐんと増えるはず。北朝鮮相手でいえば拉致問題で全く対応の悪い北朝鮮であれば日本の首相が「考え方が違うから現状では首脳会談は拒否する」といえば国民は批判するかどうか。その問題が何なのか、相手が誰なのか、でまったく賛否は異なること。それを国家の大事を子どもに「みんな考え方は違うのだから、誰とでも仲良くしなさい」の一般論で済ませてしまうところがこの人の凄いところ。

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