富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2006-07-02

七月二日(日)まったく晴れてんだか雨降ってんだか、はっきりしろってんだよね、と志ん朝師匠の声色で言いたくなるような空。O君の主宰で山歩きあり7名が坑口のMTR駅に集合。釣魚翁郊遊徑(High Junk Peak Country Trail)6.6km歩く予定、つまり釣魚翁郊遊徑の入口まで「タクる」はずがN氏から坑口から歩きませう、と禾墟崗、澳貝村、坑尾頂村への古道をのぼり釣魚翁郊遊徑に合流。海抜ほとんど0mの坑口から標高344mの釣魚翁(High Junk Peak)の尖端へ。頂上の東面は断崖絶壁で、怖い。午後から雲一つなき快晴。一行は田下山越えて布袋澳に出て海鮮食して麦酒だが余一人田下山手前の蝦山篤で別れClear Water Bayの海水浴場まで歩いて戻り海岸で麦酒&焼蕎麦で昼飯済ませミニバスで九龍に戻る。九龍の知る風呂屋に一浴し按摩。帰宅して着替えて早晩にZ嬢と「尖沙咀の」Jimmy's Kitchenに食す。Dry Martini注文せば五年ぶりにベルモット(Martini社の)だけの酒を供される。新しい女給の一人が酒の知識なくDry Martiniの注文を酒場のバーテンダーにMartiniのロックと伝えた由。他の給仕らにさんざんマティーニについての基礎知識をば教えられていたが、その女給、我々が帰るまで終始不機嫌。誰でも最初は知らぬ事で(酒飲みの畏友B君すら若い頃にバーでさんざんベルモットのロックをDry Martiniと誤解して飲んでいた、と言う)寧ろ「香港一のMartiniならJimmy'sのもの」と賞される食肆なのだから新入りには「うちの酒はね」と黒服が教えるべき。見るからに新入りのアルバイト風情の女給も有り。慣れぬ手つきで麺麭を供すも愛らしくアルバイト店員多くなれば夏休みも始まったか、と季節の風物詩。その娘、突然「あのぉ、宜しいでしょうか?」と日本語で語るに某大学の応用日本語勉強する学生で夏の課題のためアンケートにご協力いただけませんか?と。言葉ぎこちないが日本語勉強して2年と思えば敬語の使い方など日本のそのへんの若者よか余程丁寧。それにしても在港邦人対象の他愛ないアンケートで、調査項目一見せば実際に集計しても何らデータも得られぬもの。指導教官のsuperviseなり、まず社会調査のイロハくらい大学生なら学んでから、にしてほしいが、何よりも、香港で十年も前なら大学生が夏休みとはいえレストランでアルバイト、など考えもつかぬ話。好物のアボガドと蟹肉の前菜、山羊のチーズサラダ、オニオンビーフライス、を3皿とも二人で半分け、で老人は満腹。香港文化中心。待ちに待ったKrystian Zimermanのピアノ独奏会。二週間前まで日本巡業。その評判を久が原のT君であるとか信報の音楽評などで見聞きして今日はかなりの期待。まずは会場でCD購入。HMWや香港レコードなどでツィメルマンの香港公演決まってからもCDの在庫なし。いぜんはコンサート会場でのCD販売をどこかバカにしていたのだがZ嬢が「即売は安い」事実に気づく。今晩もグラモフォンのオリジナル盤が一律HK$100で開演前に売り切れ必至。小澤征爾&波士頓との名演と称されるラフマニノフのピアノ協奏曲第1&2番、ポーランド国立オケをばツィメルマン自らの指揮でピアノ演奏のショパンのピアノ協奏曲第1&2番、それにラベルを指揮はBoulezで、オケがClevelandでのピアノ協奏曲ト長調と「優雅で感傷的なワルツ」、倫敦交響楽団で「左手のための」の、の3枚購入。颯爽とステージに現われた、すっかり寡黙で素敵な叔父様風情のツィメルマンは(なにせ18歳でショパンコンクール優勝で彗星の如く現われた彼の印象強し)ピアノのお復習い会の如きモーツァルトソナタハ長調K330でさらりと始まり技巧的に見せ場たっぷりにラヴェルの優雅で感傷的なワルツ1〜8番と続き前半の〆がガーシュウィンの3つの前奏曲。すべて「こんなことができます」的に完璧で粛々と後半のショパンを待つ気分。二十分の休憩にこちらが緊張して席から立てず。今日のお席は二階のバルコニー最前列最中央、という「皇太子殿下ご夫妻がサントリーホールツィメルマンのピアノリサイタルをお楽しみになりました」的な、所謂「宮様席」。Z嬢の努力の賜物で得た席で、お隣りが民政事務局局長の何志平君。後半のショパンは4つのマズルカOp.24でマズルカの第14〜17番。そしてソナタ3番。余の拙い言葉で今宵のツィメルマンの奏でるショパンを語れず。先月二日にはサントリーホールでは演奏会途中に「日本語で」日本の海外派兵に反対の意を表明の反戦スピーチを述べ「良心を守る日本の友のために」と前置きしてのショ パンの葬送ソナタを演奏、それも超弩級の名演との由(都新聞)。香港では舞台から広東語で「我要普選!」と述べるか、もしかすると昨日は七一民主遊行に参加していたのではないか?とZ嬢と噂していたが香港では政治的主張はなし。観客の拍手喝采に答礼ではショパンのバラード第4番。そしておそらくバツェヴィッチ(1909?69年、ポーランドの女流作曲家)のピアノ・ソナタ第2番。ガーシュウィンの3つの前奏曲ツィメルマンの印象の幅を広げる演奏であったが、圧巻は何といってもショパンソナタ第3番とバラード第4番。おもわず感涙に咽ぶ。当代の、もしかしたら歴史上でも不世出のショパン弾き、而もその人のピアニストとして最も技巧と体力が備わった時期の一期一会的な演奏に遭遇できたのかも知れぬ。演奏が2日に渡れば、T君が東京で聴いた演目のモーツァルトソナタ第10番、ベートーヴェン悲愴ソナタ、東京での答礼のバッハのパルティータ第1番とバルトーク3つの前奏曲第1番あたりも聴けたのだろうか。感動のまま帰宅し幸せにヴァランタインの21年物飲み臥床。
▼民政事務局局長の何志平君。演奏会終了後に巨体を縮こまらせてコンサートホールは出たものの、市下の文化施設運営の役所の総責任者としての立場弁えてか観客がロビーを去るまでスタッフと並び客を見送るとは大したもの。中学生の時分よりかなりの音楽好きで香港大学では学生オケにも積極的に参加。香港政府高官のなかでは音楽好きではこの人。ところで昨日は、この人が香港政府の特区成立祝賀式典と街頭パレード開催の総責任者。雨に何度も襲われの開催で、その午後は陳太参加の民主デモでかなり心労もあろう、で翌晩ツィメルマンはかなりホッとしたことだろう。

富柏村サイト http://www.fookpaktsuen.com/