富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2006-05-12

五月十二日(金)晴。通りがかりの湾仔でスナップ。簡単修理専門の出店だがどこかアーティスティック。看板もお洒落。英語名はDr.だし。早晩に中環のRitz Carlton Hotelにて日経の香港印刷開始十周年記念の講演会とパーティあり日経香港現法のO社長よりS嬢通じてお誘いいただき経済評論家田中直毅君の講演拝聴。日経からは論説主幹の岡部直明君。テーマは「ニッポンの力 復活は本物か」で岡部君も紹介していたが「小泉三世が最も頻繁に長い時間会う民間人」である田中君なのであるから日本経済の復活なんて嘘っぱち、と言うはずもなく、紛れもなくホンモノと言うに決まってる。基調講演も最初は、日本経済の復活を裏付ける話として田中君紹介したのは、米国資本が日本が投資に値する国だ、と認識している、という話で、中国にはビジネスの機会がある、だがリスク回避のためには中国に直接投資はできぬ、で中国に進出する日系企業と組む、つまり日本に投資することが最も確実である、だそうで、それを「シティバンクの人間が言っている」そうな。確かにね。だが本来認識すべきは、ここで、結局は中国あっての日本になっていることのはず。だが田中君はそこには踏み込まず。田中直毅という経済評論家は、80年代前半のエコノミスト誌で「理屈より改革を」の若手経済評論家としてかなり注目集めていたが(ところであの当時の竹内啓先生のエコノミスト誌での経済論評が懐かしい)、それが今では小泉改革の成功で田中君にしてみればマネタリストなど理屈家など「それ、見たことか」。フリードマンですら田中先生にかかると容赦ない。84年に(というのはまさにレーガノミクスの時代だが)フリードマンの米国経済のインフレ予想に対して欧州や日本など先行き懸念から対米輸出が過多となり結果的にデフレを招いた、と。これがマネタリストの限界だそうで、これだけでフリードマン失墜と言い包めるのは余りに乱暴な気がするし(単純に、七旬も半ばの大経済学者が一線を退いただけ、でいいと思う)、むしろ本当にフリードマンのインフレ懸念がデフレの原因となったのなら、老経済学者の影響力の大きさ、当時のマネタリズムに対する信頼の裏返し、とも考えていいはず。で、このへんまでの話は勉強になったが(せっかく招いていただいてので以下、感想は遠慮なく)、ここからはもうずっと「小泉、小泉、小泉」(笑)。佐々淳行君ほど「自分が、自分が、自分が」よかずっと控え目だが、そりゃどうしたってテーマは「ニッポンの力、復活は本物か」から「小泉の力は本物だ」に。この「投資価値のある」日本に(実はそれが「米国にとって」という点が実は大切なのだが、このへんは同じ日経でも田村秀男さんあたりだと面白い)、日本をそう変えたのは誰か。小泉さん。どれくらい小泉さんが力があるかと言えば、例えば、米国でもブッシュに働きかけようと思うと民主党ばかりか与党共和党ですら東京のチャンネル(つまり小泉さん)を使うほどだそうで、イラク侵攻で孤立していたブッシュの米国でブッシュ外交をもっと欧州と国連に向けさせたい時に共和党ですらブッシュに意見できない状況で、その時に03年にバンコクAPECだかあった時に一晩だけ東京に立ち寄ったブッシュに小泉なら話せる、ということで共和党から依頼の使者が馳せ参じた、と(このへんの話の面白さは佐々っぽい……笑)。で小泉三世はブッシュに対してこう諭した、という。日本には昔から権力(武士)と権威(天皇)という二分がある、と。米国は世界を牛耳るだけの権力(軍事力)はあるが国連の権威はない。それに目を向けなさい、と。また中国首脳もなんとかして小泉賛成と関係修復を願っており、江沢民君も小泉三世の、それまでの自民党指導者にはない資質に目を向けていた。中国の党政府幹部でも小泉は避けてポスト小泉とうまくやればいい、なんて思っている連中は、それらぢたいが来年にはクビになるような人たちで、本当に対日関係を理解している若手幹部らは間違いなく日本を復活させた小泉三世の力がポスト小泉に大きな影響力があることを理解している。小泉改革とは郵政民営化行政改革、財政改革で終わったのではなく、多くの改革の始まりであり、昨年九月の郵政選挙は、一つの政治課題だけ焦点として選挙に打って出たことに非難もあるが、実は日本の有権者はバカじゃないから、あの選挙には郵政だけではなく多くの日本の課題があり、それを改革するかどうか、であり日本のバカじゃない有権者はそれをわかった上で支持したのだそうな。小泉三世が日本の有権者の想像力を喚起させた、のだそうな。そうだったのか……それに気づかずにいた我はただ恥ずかしい。もはや小泉の改革路線は変えられぬ、日本の新しい軌道。……もうここまで話がキテしまうと「近代の超克」だね、こりゃ。と田中先生はぼそぼそ、と話が長い。話が長いことは論説委員の岡部君も、小泉首相が長い時間田中先生に会うのは「話が長いせいもあるでしょうが」と皮肉(笑)。それにしても田中直毅先生は、ずっと「わが日経新聞は」と何度も言っていたが、いちおう部外者だろうに。「わが日経新聞は」は連発だったが、「わが日本銀行は」とも一度言ったね。岡部氏であるから田中先生の話のじっと聞き役になっていたが忸怩たる思いだった鴨。岡部氏といえば経歴見れば47年高知県生まれの早大政経で紐育支局長など歴任で、土佐といえば思わず田村さんがほぼ同齢で同郷、同窓か。田村氏であったら田中先生相手じゃ聞き役では納まるまい。というか日経側がそんなセッティングしないか。なにせ田村さんだと「小泉改革路線が築いた日本の姿を代表するのは不良債権処理」で、これはブッシュ・小泉の連携プレーの産物、地上げもかつてはヤクザで海外(=米国)資本も投資に二の足踏んだが、小泉時代となってノンバンク系金融やITなど新興企業がふんだんに入る資金で土地投機をして最終的には外資系などの投資ファンドに資産売却して投資回収。海外資本も小ぎれいなお取引きでスーツも汚さずがっぽり儲けて。銀行の不良債権もこれで片づく、という仕掛け。結局、郵政民営化もそうだが小泉改革というのは全て米国が儲かるようにできている。ところでRitz Carlton Hotelの地下三階(日本料理の榮川が地下二階)のボールルームなど始めて来たが、地下鉄(MTRのTsuen Wan線)の列車が通るたびにゴーッと地響き。銀座線の稲荷町駅のコンコースにいるが如し。今日、会場にいた人もかなり気になったでしょう。あれはたんに地下鉄の走る音ではなく、Tsuen Wan線の場合、中環站のホームへの出入りで往復路の列車が2つのホームで順々に発着するためホーム直前でX字の分岐あり、それがちょうど、このホテルの地下三階のかなり近くらしい。講演会終わり、そのあとレセプションパーティであったが、その待合の時間にS嬢とワイン一杯だけ飲んでよもやま話。レセプションの始まる前に場を辞して地下鉄で西湾河。小腹空いており太安樓(太康街路傍)の基記水電工程の行列のできる牛什が屋台出しておらず。偶然、牛什だけ休みだったのか(オバサンが水電工程のほうの店番はしている)、もしかするとあまりの繁盛に太安樓の他の屋台から「電気屋のくせに牛什売っちゃ困る」とクレーム受けたのか。残念。香港電影資料館にてZ嬢と待ち合せ中川信夫監督『エノケンの頑張り戦術』(1939年)観る。30代半ばのまさに全盛時代。この年のエノケン忠臣蔵鞍馬天狗森の石松弥次喜多と時代物の名作多いが、その中でこの「頑張り戦術」だけが東京の当時新興のサラリーマンをば描いているから興味深い。通勤シーンのロケはPCL映画であるから砧撮影所の界隈だろうか。昭和11年にあれだけの瀟洒な新興住宅地があったか、と驚き。それにしてもエノケンの同僚で敵役の如月寛多、どうみても社長の課長役・柳田貞一の二人の助演がエノケン映画の面白み。ドタバタ喜劇のようだが、この作品、なんでこんなシーンが?の挿入の連続だが実に巧妙にストーリーがまとまっており見事。佐藤忠男先生的にまとめれば「1939年という、戦争で泥沼の時代に入りかけている実は不安な東京で、サラリーマンという当時まだ新しい階層を主人公に、落語のような小気味よく、喧嘩っ早い八っつぁん熊さんの話にまとめたところが、この作品の面白さである」といったところ。映画館でると雲一つなき空に太安樓の大きなビルディングの左肩に見事な月。農暦四月十五日。十五夜の月を愛でる。太安樓の二記飯店にて晩飯。藍娘麦酒小姐が健気に宣伝しているので藍娘麦酒飲む。香港でこの店ほど客が麦酒飲んでいる店も珍しい。腰果蝦仁と大元子豆腐という謎の揚げ豆腐、それに好物の生姜と葱の炒飯。いつも繁盛のニ記。頭が下がるくらい店員がみんな懇切。忙しそうに働くが機転が利いて凄い。帰宅してバランタイン17年ごくごくと飲む。
▼昨日のSCMP紙にJoyful WinnerとDanacourtは安田記念に不出馬決定、と記事あり。Joyful Winnerは国際レーティングが114で、JRA側は115を下回ると輸送費や人員の参加費が参加馬側となるそうで、それで断念。Danacourtの場合はSize調教師によれば招待の情報も届いておらずJRAの関係者に香港から5頭と噂されていたので順番に(つまりBullish Luckから)Danacourtを除く五頭挙げたらJRA氏は順番に「招待される」と答えられたそうで、それでDanacourtは招かれていない、と判断した、と(Size氏らしい言い回しが可笑しい)。それが今日の同紙には一転して安田記念Bullish Luckの他、Joyful WinnerとDanacourtの参戦決定と報じられる。つまりChampions Mileの1〜3等馬の揃い踏み。楽しみ。
▼先日のSCMP紙の社説がシンガポールの国会選挙をかなり非難した社説載せたが、それに対して昨日の同紙に在港のシンガポール総領事が反論。シンガポール政府は社会の安定と発展を企図しており、そのためには最良の政治環境が必要で、人民行動党は建国以来の与党として、そのシンガポールの健全なる発展に寄与してきた、と。シンガポール社会では言論の自由も思想信条の自由も保証されており、国民がその自由の環境の中で賢明な判断で人民行動党に政権を託してきた、と。お見事な回答。理屈はわかるが恐れ多くも一国の全権総領事なのだが、ほとんど党のスポークスマン。一党独裁国家だとここまでキテしまうか、と驚くばかり。その総領事発言に対して「冗談もほどほどにしろ」と今日は読者の反論掲載。45年間政権にある、といっても敵対する反対党をば不利な選挙で落選させ有力は反対者は裁判で有罪にする、政権は父子で委譲される、新聞も政府資本で言論の自由も剥奪され、経済的には成功したかもしれぬが国家としては半人前。観光ならいいが、そんな非民主主義国家はゾッとする、と香港仔にお住まいのジョン=イートンさん。ふだんお上品なSCMP紙の社説と投稿欄にしては、今回はかなり熱い。これが対中国政府だと熱くならない(なれない)のだが相手がシンガポールとなるとムキにある(あたしもか……笑)。

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