富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2006-05-06

五月六日(土)久々に天気快方に向かう。大潭を10kmほど走り島南の海岸に向かう。大潭のダムもこの二週間ほどの雨空に上ダムこそまだ五分の水嵩ながら中ダムは満水。気温摂氏28度で湿度95%は家を出るなり汗だくだが青空に珍しく朦霧(Haze)もなく心地よし。大潭の引水路でカエル?、蟷螂?の卵発見(画像)。海岸でサイデンステッカー『東京 下町山の手」(ちくま学芸文庫)読了。サイデン先生の原著は“Low City, High City - Tokyo from Edo to the Earthquake”で、安西徹雄の名訳。荷風、谷崎、白秋、小山内薫久保田万太郎、緑雨、虚子、一葉、綺堂、時雨、花袋、芥川といった当時の東京を語る文章が引用され図画は清親の版画。たまらない。明治から震災までの東京で何が恋しいかといえば花街と悪所であろう。山の手の歓楽街に荷風も嫌悪と軽蔑を隠さなかったのは「性を、あるべき位置に抑えておく術」を知らないためで「結局は色を売ることが眼目だったことは言うまでもないけれども、そこに到るまでの段取りが演劇的」であったというサイデン先生の指摘の通り。そして当時の人々にあった「芝居っ気」。すっかり青空。何ヶ月ぶりだろうか、こうして炎天下。缶ビールがとても美味い。午後遅くバスでスタンレイ経由で帰宅。晩に本日来港の放送作家の村上さん(こちら)と湾仔で待ち合せZ嬢と三人で北京水餃皇に軽く食す。村上さんと別れZ嬢と二人で晩遅く芸術中心でWalter Ruttmann監督の『伯林−大都会交響楽』映画観る。1927年の白黒の無声映画でベルリンを舞台に夜明けに郊外から伯林に上る列車からの映像に始まり朝の目覚め、出勤、勤労、食事、休息、遊興、夕食、ダンスパーティにパブ……と伯林の夜明けから晩遅くまでを一日のドキュメンタリーにしたフィルム。ただ伯林市民の生活を追っただけではつまらないのだろうが同じ「食す」という行為を勤労者、子どもばかりか犬や猫から伯林動物園の野獣まで並べたり、で生態学的な面白さあり。鉄道シーンの導入から夜明けの伯林まで、しばらくは人が全く映らない。印象派でこのままシュールにゆくのか?と思うと朝早く犬の散歩の市民がちらほらと映り始めてからは、ただただ人、人、人。都市を映しているようで伯林という20世紀の歴史でも奇異な都市であるが映画では伯林は全く見えない。昨年の夏には東京ではジャズで高瀬アキがこの映画をもとにライブパフォーマンス(こちら)。
▼サイデン先生の『東京 下町山の手』で「万歳」についての記述あり。かねがね私にとっては、あの「万歳〜!」というのが、しかも集会とかで司会者が「それでは皆様、万歳三唱をご唱和いただきたく」という、あのシチュエーションが(といいつつ、そんな自民党のオトーサンたちみたいな場に居合わすこともないのだが)、あのノーチョイスの、思考力略奪されての「万歳〜!」ほど嫌いなものはないのだが(サッカーで応援するチームが優勝でもして勝手に「万歳〜!」とかしてるのは勝手だが)、サイデン先生曰く、「万歳は」、言葉そのものは古いけれども、これをなにか歓ばしい時に大勢で叫ぶというのは、明治二十二年、憲法発布の時に始まったことのようである、と。やはり「万歳〜!」は国家と濃い関係。日本の伝統だの文化だの思っているものが、実は明治時代に始まったものが多いことはサイデン先生の指摘の通り。古来行われてきたような雰囲気の神式での結婚式も明治から。だいたい明治二十年代というのが曲者。この頃に「日本の伝統と文化」が作られ、政治的には日露戦争終結が政治的なターニングポイント。
シンガポール総選挙で当然、人民行動党(PAP)が84議席中82議席独占で圧勝。野党はこれまでの2議席死守。野党が1議席でも増やせば政府与党にとっては責任問題、ことに今回は李ジュニア首相世襲し初の総選挙。(以下、SCMP紙の社説、ヘラトリ紙の一面トップ記事をまとめれば)Freedom Houseの評価ではシンガポールは partly free の範疇にあり、シンガポールと同レベルにあるのはアルメニアコンゴ、ヨルダン、リベリアにモロッコシンガポールの三百万人の国民のうちすでに4割はシンガポール建国後に生まれており、建国に到る緊張など知らぬ世代。国祖・李光耀の神通力が何処まで通じるか、に今回の選挙でも注目されたが一党独裁国家らしい選挙結果。なにせ各選挙区ともPAP候補を当選させるかどうか、が地区の民生に大きく影響。勿論、日本でも自民党の土建候補をば当選させることで地域に道路や橋を建造、という時代はあったが、少なくても社会党議員が当選したから、といってインフラが整備されぬ、という事態には至らず。だがシンガポールの場合、野党候補など当選させようと思えば露骨に、その地区のインフラ整備が滞る、という話もあり。政府の廉政度ではアジア一と評価高いが、一党独裁の党政府内で廉政なだけで、党独裁に刃向かう者には容赦ない世界。シンガポール民主党の代表 Chee Soon Juan博士など国家保安法の適用で李光耀と李ジュニア首相への誹謗中傷で告訴されS$50万の賠償金支払い命じられたが破産で応じられず高裁はChee博士は今後10年間、被選挙権剥奪。シンガポールがこれまで中継貿易、金融などで南アジアで確固たる地位築いたのは事実。それには法体系の整備に加え政治的安定が必須条件。情報化社会にあってネットすらSinsor(富柏村造語、シンガポール政府のセンサー)で閲覧管理され、空輸された週刊少年ジャンプすら暴力シーンで検閲が入るという。怖い限り。李ジュニアは創業者である父から引き継いだ国家と自らの地位について選挙前に記者会見で「我々は新聞の特派員やジャーナリスト、それに我々にああせえこおせえと言うのを許さない。シンガポールの政治について私が知らないことはほとんどない。海外からの特派員が私にシンガポールについて助言できることなどほとんどない」と断言。成長が続くうちは良いが、周辺各国の経済的成長に従い、すでに成長率ではアジア平均を僅かながら下回っているシンガポールが今後、どこまでこの地位を維持できるか。「成長し成功し続けるかぎりは」許される一党独裁。成長が頭打ちになった時にこの一党独裁がどうなるか、に注目せざるを得まい。中国も一緒なのだが。

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