富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2006-04-16

四月十六日(日)午前中に太古UA映画館に“Geminis”(Albertina Carri監督、亜爾然丁、05年)観に行ったつもりが昨日の上映で“Something Like Happiness”(Bohdan Sl?ma監督、Czech、05年)観る。Czechに暮す普通の友人三人の生活は内一人の女性が生活に破綻来すことで縺れるのだが淡々とそれを描く。かつてのATG映画の如し。昼から尖沙咀の文化中心でポーランドのKrzysztof Zanussi監督の“Persona Non Grata”観る。Persona Non Grataはラテン語で「好ましからぬ人物」で外交用語でもあり(こちら)。ポーランドウルグアイ大使が主人公。Zbigniew Zapasiewiczというポーランド代表してしまうくらいの俳優がこの、元国家諜報部員の老外交官役を完ぺきに演じる。妻を亡くしたことを契機に親しいロシア外務副大臣(かつてのソ連KGBのスパイ)に妻が横恋慕かという疑い生じ、モンテビデオの大使館は立ち退き問題だの大使館員の麻薬密輸や大使館員のロシア人妻の諜報活動だの難題抱え、その中で大使自身がかなり精力的に動くのだが(Zbigniew Zapasiewiczが実に精悍に演じる)大使の精神力もついに破局迎え、と。きちんと古典的な作風。午後遅くZ嬢と一緒に同じ文化中心で『46億年の恋』を観る。梶原一騎真樹日佐夫の『少年Aえれじい』が原作で、これは奥多摩の少年院で実際におこった殺人事件がテーマだそうな。それを三池崇史松田龍平安藤政信を主人公に映画化。安藤政信は役に嵌っているが松田龍平という役者の魅力はあたしゃよくわからぬ。どうもピンボケした感あり。少年院舞台に衣装や大道具などかなり抽象化して、導入にある、主人公が少年時代に大人になるために海で強いられる儀式という話から少年院の精神世界まで、はいいが、話が宇宙だとか生命だとかにまで飛んでしまって取繕えておらず。原作の、その「少年Aえれじい」ぢたい知らぬが、少年院での危険性、見方によればエロスが劇画『あしたのジョー』では見事に抑制され表現されていたが、この映画では残念ながらどこかB級映画的に展開されてしまった感あり。同じような話を中上健次の原作、蜷川幸雄演出で舞台でみたら面白いかも。Z嬢と尖沙咀をぶらぶらと歩きMiramar Towerの一平安にてらーめん食す。映画祭では京笹、一平安(本来は尖沙咀東の本店だろうが)が定番。三度文化中心にて晩にSABU監督の『疾走』観る。この映画祭の常連であるSABU監督舞台挨拶あり。岡山の瀬戸内の干拓地舞台に毀れてゆく少年の話。キャメラのホワイトバランスを意図的にちょっとおかしくしている? そのホワイトバランスのズレが少年たちの心の靄のようでもあり、これはいい演出。重松清の原作で、これでもか、と不幸の連続。少年の兄の放火が原因での家庭崩壊だけで充分の気がするのだが少年は大阪でヤクザ絡みの殺人、東京で恋い焦がれる同級生の女の子絡みでまた殺人、而もカルトっぽい演出など加わってしまい結末は「やはり」の展開。正直者がちょいとした事で悪の業が業を生み坂道転がる如く谷壺に嵌ってしまい、の地獄絵図という話なら歌舞伎や落語などいくらでもあるが、いちいち聖書に救済求めたり、第三者に語らせたり(この映画では豊川悦司演じる神父)、後日談をつけたりせず、徹底的に(談志師匠などそのへんに厳しいが)人の業というものの理不尽さを語り尽くす。それを、どこか救済のような、主人公への暖かい眼差しのような、そういうものを見せようとするところが好かぬ。また<不自然>も気になるところ。例えば大阪で、急場でヤクザが予約させたホテルの部屋にSM用の道具や紐などが散乱していたり、そういうことは象徴性として、それはいい。だがウィスキーを一瓶がぶがぶと飲まされた12歳の少年が正気に戻り(というか狂気でもあるが)ヤクザを絞首したり(普通なら急性アルコール中毒か気を失っているであろう)、12歳の少女が新宿で再会した少年をいきなりラブホに誘ったり(そういう娘もいようが、この筋で松葉杖ついた少女が歩いていて「ちょっと疲れたから休もう」とラブホ街で、つまり新大久保くらいまで歩いて)はやりすぎ。この映画でも主人公の少年(ジャニーズの手越祐也なる若衆)がかなり作品の中で成長を見せるが人の「業」の見せ方では昨日の『頼小子』をあらためていい作品であると感じる。どうせ何も解決できないのなら、まどろっこしく語ることをしないほうがいい。晩遅く旺角に行けば今回の映画祭の授賞式(どの映画や俳優の誰が何の受賞かもよく知らぬが)の記念上映作品となったタイのPen-Ek Ratanaruang監督の“Invisible Waves”なる浅野忠信主演の映画上映あったがRatanaruang監督は「タイのタランティー丿」だそうで、各国の主演級の役者揃えたそうで、「まぁ、いいか」と、Z嬢とTaikoo PlaceのEast Endでエール二杯飲み帰宅。
▼朝日の投稿欄「声」に東京都の都立高校PTAの役員もしている東村山市在住の公務員の男性(51)が「卒業式などを通じ、「指導」の名の下に、愛国心を強制しようとする動きに違和感を感じ得ません」という投書あり。この投書から「反体制的な者が公務員をしながら積極的にPTA活動に参画することで教育現場にまで介入しようとしている」という悪の図式が受け取られるのがキョービの世の中で「公務員にはアカがまだ多い」と思われ都教委は学校管理の次にPTA役員も地区の教育委員会からの任命制にしたほうが教育正常化になるのではないか?とか真剣に考える。このバカな流れが現実になりかねず。南無阿弥。
▼朝日の「動く民営郵政」という経済面の特集で新西蘭が87年に郵便局の銀行部門を一旦は豪州系銀行に売却し新西蘭は当時「規制緩和」の優等生と思われていたが、この銀行部門はすぐに支店削減始め国内金融機関の総資産の9割が外資系になるに至り99年の総選挙で「新西蘭資本の国民の銀行への復活」主張した左派政党に支持も集まり01年に郵便局参加に小口の銀行業務復活したそうな。タイのタクシン氏も結局はタイの通信事業という国家のインフラ事業のシンガポール政府への売却が失脚の要因。日本の郵政民営化も結局は郵貯という贅沢な国民資本を米国の投資に解放するものだが国民はそれを理解できず。

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