富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

四月九日(日)SCMP紙にRajeshree Sisodiaというライターがタリバーン崩壊後のアフガニスタンの女性社会について長文の記事あり。ブッシュによるアフガン社会の民主化により女性解放されたというが現実にはカブールの女性で売春婦になる者少なからず。社会の混乱期に売春というのは、ある面もっとも「手っ取り早い」職なのかも知れぬが地域独特の売買春の流儀で女性がとても自立できるようなものでなし。午前、Z嬢と中環。市大会堂。池谷薫監督『蟻の兵隊』観る。日本での公開がこの映画を「観る会」がボランティアで動きようやく7月に公開決ったというのに香港でが完成作品の初上映という幸運。対中戦争で山西省に遣られた奥村和一氏(80)ら北支方面軍第一軍の将兵数千名は終戦後、帰国せず国民党軍に加担しての対共産党軍戦に動員される。敗戦から九年して日本に戻った奥村氏らは志願して大陸に残ったとして軍人恩給の支給も受けられず。国がこの老いた元兵隊らへの恩給支給になぜ応じられぬか、といえば、日本軍が実はポツダム宣言受諾後も実は武装解除せず皇軍の復活を目指し軍事力維持のために大陸で対共産党戦で国民党軍に加担したからで、これを認めるような判断は一切できぬため、この兵隊らへの恩給しら支給されぬ。実際に参戦した八十歳になる彼らが「あれは侵略戦争以外の何ものでもなく、なぜ侵略した兵隊が神様になるのか」と説く。我が大叔父もそうだが自分たちの青春を犠牲にして多くの戦友が死んだ戦争の事実解明に余念なし。戦争を終わらせず追求続ける、というと映画では『ゆきゆきて、神軍』の印象が強烈だが、この映画の奥村氏の頑固だが理性的で飄々とした感じで、それを(今日、会場にも来臨の)池谷監督がとてもニュートラルにドキュメンタリーとしている。二時間に及ぶ作品だが昼からの上映に間に合わず最後三十分は惜しんで観られず。Z嬢は残り、独り高速フェリーで尖沙咀東。新文華中心の青見青見車仔麺に食す(「青見」は一文字)。科学館にて昼から崔子恩監督『少年花草黄』観る。崔子恩は一昨年のこの映画祭で『瞼不変色心不跳』を観たのが最初、昨年は北京の男色客相手の若い男娼のドキュメンタリ『?呀呀、去哺乳』。いずれもビデオ作品。『少年花草黄』の筋はちょっとややこしいが一卵性双生児の十代の男女、その女の子のほうに恋人が出来、それが不満の男の子のほうが嫉妬して……と。ビデオ作品というと実験的でも筋が弱いような印象あるが崔子恩ともなると、この一卵性双生児に、双子の男の子の親友(これが双子の男の子の方を恋している)や娘の彼氏に絡む母親の登場まで筋立て見事。ビデオであるのは低予算云々より中国であるから、の事情ととるべき。『?呀呀、去哺乳』に比べれば実に社会的であるが、これでも映画上映としてはとても許可されまい。フェリーで中環に戻り市大会堂にてRay Yeung(楊至偉)監督の“Cut Sleeve Boys”観る。このタイトル“Cut Sleeve”は文字通り「断袖」。香港生まれで英国に学んだRay Yeungはロンドンで弁護士から転じてQueer Filmの世界に入った人で、ロンドンのチャイニーズのゲイ二人を主人公に、断袖の故事もうまく挿入され「オカマのセンスの良さ」の賢い笑い。市大会堂の図書館に書き物によるが午後5時に閉館。早晩に銅鑼湾に行きUA映画館でブラジル映画、監督はAndrucha Waddingtonの“Casa de Areia(The House of Sand)”を観る。ブラジルの砂漠を舞台に、砂漠の女といえば当然、安部公房の『砂の女』で映画なら勅使河原宏監督(64年)で岸田今日子の名演をば思い出すが、この映画もFernanda MontenegroとFernanda Torresという二人の女優が、後者が若い時の母とその後は娘、前者が年老いてからの母と更に年老いた娘を見事の演じる。ただただ砂漠のなかで世の中から隔絶して暮す母娘、生きるために奴隷上がりの地場の(って正しくは砂場か)男に身体を赦し、月の砂漠を遥々と、の1910年から世界大戦で飛行機が砂漠の上を飛び、ジープが現れ、老いた母は数十年ぶりに再会する娘から、その月に人類が企った事を聞かされる。で月には何があったの?、何もないわ、ただ砂漠が続くだけ、と。思わず目頭が熱くなる。バーYに寄りハイボール一杯。昨日に続き午後九時から金鐘のTamar広場でZ嬢と待ち合せ、今更説明も要らぬだろうが山崎貴監督の『ALWAYS 三丁目の夕日』観る。我々の世代には、自分もあのようなガサツな横丁で育った我にはまさに子どもの頃そのものの光景。時代は少し下るが、カラーテレビが家に届いた時の家族の興奮(家で初めて見たカラー番組が芝居好きの家のため歌舞伎中継)、カラーテレビ購入しただけで岡本太郎のブロンズ製の「太陽の塔」がもらえて伊豆のハトヤにお二人様ご招待で祖母と出かけたこと、届いたばかりのスバル360で幼稚園に迎えに来た父の笑顔、上野駅のコンコースの列車の時刻板の並んだ光景など、さまざまな思い出。香港の観客も時代は少し違うだろうが同じような経済成長期の同時代体験あり、で楽しめる。21世紀の未来社会描いた作文の話でスクリーン一面に高層ビルの間をエアカーが走り(飛び?)チューブの中を車や列車が走る風景。それがスクリーンの背後には香港の金鐘の高層ビルが建ち並んでいるから、スクリーンと背景の景色が一体化して「そういや、もう21世紀であった」と思い出す。

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