富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月廿八日(水)朝日新聞衛星版の香港頁にNNA香港(こちら)の編集長の随筆で日本の香港占領期に軍票の印刷に携わつた女性をこの筆者が尋ねた話あり。すでに高齢のこの人は自分の上司であつた鈴木といふ軍人のことを語るのだが鈴木といふ人はいい人でとても優しかつた、と言ふ。筆者をそれを聞いてちょっとほっとした、といふのが随筆の内容。
残虐な日本軍の話が陳さんの口から一切出てこないことに、私はいささかほっとしていた。香港市民に、香港ドル軍票を強制的に替えさせた横暴極まりない日本軍の姿も真実であるかもしれないが、ひとりの穏やかな人間としての鈴木さんの姿もまた、きっと真実であるに違いない。妊婦の陳さんを見舞いに行き、腹巻きを頼む人間像は、香港で流布されている日本の軍人としてのイメージとはかけ離れている。
筆者に特段の意図もないのだらうし、寧ろこの話に「ほっとした」のは日本人の本音。がこのテの「語られる歴史」のなかの善意ほど恐いものはなし。秀吉の朝鮮攻めでもナチスでもイラクの米軍でも「いい人」は、いる。だが “So what?” だらう。「だからどうしたの?」と尋ねられると筆者は何を答えればいいか。なにせ日本軍の横暴は香港ドル軍票の強制交換などに留まらぬ。で寧ろこのテのエピソードは「作る会」的に解釈され利用される、それが恐い。昼前から晴れる。雲一つない青空。何日ぶりかしら。目に眩しい。目がじつはこの一ヶ月ほどかなり痛む。目が乾き眼球全体に痛みのある感じ。疲れもひどい。一日使い捨てのコンタクトレンズで黴菌などの心配はない。目薬をさし目を冷やし……といろいろするが晩になるともうたまらない。ついに養和病院の眼科のT女医の診察受ける。診断の結果、コンタクトレンズの度数が強過ぎる、と。そのため眼球と視神経の疲労。右目は-3.75を-3に。左目は-2.75を-2.25にするように、と。だが4年くらい同じ度数で問題なかつたのに、と尋ねると年をとるに従い視力が落ちることはあるが、眼球も衰えるわけで強い度数に目が合わせることができていたのがだんだん辛くなる、と。納得。先日また半年分のコンタクトレンズを購入してしまつたが眼鏡屋に電話すると医者の診断なら交換してあげる、と。有難し。早晩にFCCに寄りノートブック上の諸事いくつも済ます。最近せめてもの自制と飲時チップスだのナッツだのは一切いただかず。帰宅。ホワイトシチューなど食す。中国山西省のワイナリー Grace Vineyard の赤葡萄酒がかなりイケること何度か日剰にも綴りしが先日このワイナリーの白葡萄酒を見つけ赤に比べ「あまり期待できない」予感したが試飲。やはり期待外れ。あと十年はかかるだろうか。
▼信報に香港政府中央政策組の顧問であつた練乙錚氏の連載はこの日剰でも今年六月にかなり細かく綴つておいたが練氏のこの文章が『浮桴記』といふ題で上梓され信報に一昨日より浮桴記書序といふ連載始まる。自叙伝的に半生で出会つた忘れ難き人の話。筆頭で紹介されたのが民主党元代表・李銘柱氏。練氏の父は国民党政府の文員にて国共抗戦ののち香港に避す。家貧ながら連氏学業に優れ九龍華仁書院に学ぶ。大学進学夢見て当時は台湾での進学も考えたが台湾の往復の旅費の工面もままならず。その時に学校の神父に米国の大学で奨学金制度あり生活費まで補填されるを知り懸命に学業続け奨学生に選ばれる。が老いた父に「学業も大切だがおまえが大学に進学して誰が家族の面倒をみれるんだ?、米国への往路の旅費すらウチでは出せない」と大学進学より就労促され練氏は絶望の淵に陥る。華仁書院の親切な神父は学長神父に相談する。神を信じれば必ずご加護がある、と言われた翌日、校長神父が資金援助してくれる人が見つかつた、と報せ。その人が若手の弁護士・李銘柱氏。李弁護士の事務所を母と訪ねると練氏の話をきいた李氏は一通の封筒を練氏に授け「このカネは返済しなくてもいい。もし逆の立場になつた時に誰か困つている学生を援助してあげてくれればいい」と李氏。それに涙する母。そして三十年後。香港の民主運動の先頭にたつ李銘柱に再会した練氏、その当時の話をして礼を述べると「あ、そう、あまり覚えていない……がキミの名前があんまり珍しいからまだ記憶にあるな」と李氏。古道熱腸、右手的樂善好施、左手也不知道、と練氏。
▼台湾の放言作家・李敖の大陸訪問。北京大学での言いたい放題、清華大学での当たり障りなし、に続き今度は上海復旦大学では厚顔無恥甚だしく中共賛美の弁舌巧み。香港の民主運動まで取り上げ英国植民地時代は何ら抵抗もせず返還となれば騒ぎ出す、と揶揄。時代的には確かにその通り。だが89年の天安門事件が香港の民主運動の契機となつた事実を李敖は考慮しているのだろうか。

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