富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2005-09-22

九月廿二日(木)朝刊を広げ後藤田正晴先生逝去を知る。享年九十一歳。早晩にジムで 小一時間走る。一旦帰宅し紺木綿の甚平に本桐の下駄履きで北角の寿司加藤。某 新聞編集委員のT氏来港で招飲いただきT氏夫妻、Z嬢と食す。その某新聞の香港の営業会社の社長O氏も偶然に加藤でお会いする。T氏とZ嬢が東京都東大和 市といふ「都民でもよく知らぬ」土地の話題。東大和は一瞬、西大和もあれば東大和か、と思ふが元々は「大和町」で東大和ではない。市制実施の際に神奈川県 大和市がすでにあつたため「東京の大和」で東大和になつたといふこと(安易な話)をZ嬢から聞き驚く。東京じたい京に対する東の京で、東大和は「東の京の 大和」といふことになる。それに「東京」を略す場合は「京浜」「京急」といふように「京」の字とするべきで(しかも本来は読み方は「けい」)そうなると 「東大和」は「京大和」にすべきだが「大和は京やおまへんで」でかなりややこしい話。寧ろ「都大和(みやこやまと)」とすべきであつたはず。だが、そもそ もなぜ武蔵野といふにもおこがましいこの土地になぜ「大和」があるのか、が不思議。大和町の前身が大和村。だが更に元々、大和なる地名はない。明治8年宅 部村と後ヶ谷村が合併して狭山村となり、その後更に近隣の清水、高木、蔵敷、奈良橋、芋窪と共に6村が合併することになつたのだが政争の激しく対立する村 々が合併するのに「大いに和す」との主旨で「大和村」となつた、といふ(こちら)。ほんの短い時 間〆ただけの新鮮な小鰭、ウコン塩でほんとうに薄味の烏賊塩辛など美味。帰宅して本日amazon.jpより届いた『ニコンFシリーズ―ニコンF・F2・ F3』といふ本の解説頼りにF2の操作確認。ファインダー外すと父の保管がよかつたようで見事なまでに新品同様の状態に驚くばかり。
後藤田正晴先生について。後藤田先生の政界引退後の真の意味でカミソリ後藤田として愚かなる現職の政治家に苦言呈する言葉いくつも彷彿。後藤田先生が保 守でありながら護憲、自衛隊の海外派兵反対訴えし正義。先の大戦で陸軍に入り主計将校として台湾で敗戦迎え「加害者の立場を知る」ゆへに戦後の平和につい てどれだけ慎重。保守の政治家が「国民全体が保守化し政治家がナショナリズムを煽る。大変な過ちを犯している。アジアの近隣諸国との友好が大事」と説き 「このままじゃ日本は地獄におちるよ。おちたところで目を覚ますのかもしれないが、それではあまりに寂しい」と嘆く。この夏、朝日新聞のインタビューや雑 誌『世界』での加藤周一氏との対談での発言は白眉。氏が後塵どもに遺す警笛ながら小泉三世らの政治家もそれを支持した国民も誰も後藤田正晴の憂ひが理解で きず。あれ?と気づけば朝日新聞は第3次小泉内閣発足は(衛星版では)4面といふ扱いの悪さ。これがせめてもの小泉三世への抵抗か。悲しいかぎり。自民党 は今回当選の83人に対して「後藤田正晴先生について述べよ」の課題作文を書かせてみるとよい。「郵政民営化構造改革について」などといふ、どうせ全員 が賛成するだけの茶番よか、国民に推挙された議員のアタマの悪さがよくわかるであらう。どうせなら民主党の、丸山真男すら知らぬ松下政経塾出身の小僧たち も、この課題作文に参加するとよいかも。読売新聞は当然の如く一面トップで第3次小泉内閣発足を報じ、後藤田先生の弔報記事で最後に巨人ファンである氏が 「テレビを見ていてもつまらない。これじゃファンがチャンネル変えちゃうよ」と嘆いていた、といふ話。読売新聞の低俗さに呆れて言葉もなし。自民党は圧勝 で民主党改憲強硬タカ派の前原某の代表就任で読売は嬉しくて仕方がない。
▼朝日のしりあがり寿氏の漫画「地球防衛家の人々」が「衆議院480議席のうち296議席自民党と113議席民主党とあわせて409議席改憲を主張 する党首を選んでるっていうのは」「はたして民意を反映してるのかねー」と。確かに。だが、ある面では「どーでもいい」といふ民意を反映している。加藤周 一「夕陽妄語」では今回の選挙結果を、暮らしの不安はいくつもあるが衣食に足りる現状は変えたくないといふ現状維持願望、それは小泉三世が「改革」唱えて も根本的には何も変えないといふ信頼感(嗤)、それと退屈な日々に対する「適切な内容を適切な時期に」の改革願望、その二つの明らかに矛盾するものの弁証 法的止揚に首相と自民党が成功する(結局は何もせぬ、といふことだが……富柏村註)。憲法九条を改める準備は進行するが国民の半数の抵抗も顕在化している が「日本国が公然と戦争をする国になるか、ならぬかの選択は、郵便物の配達が公務員によるか会社員によるかの選択よりも大きい」のに総選挙では一種のすり 替えで憲法に全く触れず民主党憲法については自民党と大同小異であるから選挙で争点にできず。日本の集団志向型の社会で地域や職場の集団的圧力にさらさ れている人間が選挙での投票でだけ、政治的判断にだけ、「突如として天賦人権を自覚し独立不羈のの自由な個人になり得るものだろうか」と加藤先生はこれま では言及せずにきた真実を語る(実はそう思つてはいたが、それでも人々の理性に賭けてきた、のが今回の選挙で無碍にされたためかしら……富柏村)。自由な 個人になどなり得ないとしたら「自由な選挙」とは一体何か。……とここから加藤周一は選挙後に見たフリッツ=ラングの映画『メトロポリス』1927年につ いて語る。この危惧に「まさかそれほど危なくはない」と誰もが信じている。
市川團十郎週刊文春保阪正康氏が小泉「郵政翼賛会」でファシズムに流れるに日本を憂ふを読む。文芸春秋が右傾化を憂慮するほど時代はおかしくなつて いる。阿川佐和子の「この人に会いたい」といふ連載対談は普段『文春』では読み飛ばすのだが今回の團十郎の対談ぶりは敬服。白血病とその治療についての團 十郎の実に明晰な語り。普通の患者は病ひをここまで語れず。感情的にではなく事実として名医の如く解説できる、舞台以上の口跡の良さ。成田屋サイトの入院日記を読み耽る。 文章の巧さ。息子の隠し子騒動でのマスコミ宛の手紙で見せた達筆といい文人である。

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