富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2005-08-17

八月十七日(水)快晴。旧盆の仏壇のまわりに飾られた提灯など片付け。新の 盆で父の初盆は済んでおり旧盆で親戚や知人で集まることはなくとも焼香にいらつしゃる方も多く母が旧盆前に慌ててまた提灯など揃えた、といふ。さういへば 昨朝、蕎麦を持参された方に母が「何時頃に送るのですか?」と尋ねられ一瞬、何のことかわからずポカンとして、お盆が終わり家に帰つていた祖先の霊をお墓 にお送りする、何時にお墓に参るのですか?の意味。さういつたことさへ忘れてしまつている。幼い頃には早い夕餉のあと風呂上がりに祖母に浴衣着せられ提灯 もち初盆の家に盆参りに連れていかれたもの。その家は暗闇のなかに煌々と提灯や行灯がともり、それはそれは明るく、ご先祖様が迷わずに家に戻つてこれるよ うに、といふ話に「なるほど」と納得していたもの。母と妹と常磐高速で北茨城は五浦の天心記念五浦美術館。特 集は芸術院日本画。上村松篁の「樹下幽禽」や高村辰雄の「沼」など。現代の日本画はどうも苦手で松林桂月の「香橙」といつた古風な作品であるとか松篁の 孫?の上村淳之の「雁金」といつたシンプルなものに魅かれる。岡倉天心の資料を眺めていたら東京美学校の開校が明治22年で翌年、天心が28歳で校長とな り、明治35年頃にはアジア主義を確立。日本の「近代」にとつて明治二十年代初といふのは大切で十年後には帝国としての日本といふ観念が完成する。その時 期に天心の美術運動が重なることが興味深い。天心であるとか宮崎滔天であるとか孫文ゴダールにまでつながるアジア主義がどこで拗れたのか。五浦の岬の高 台に位置するこの美術館から福島の浜通りの海岸を一望する。美術館は天心の横顔をロゴマークにあしらうのだが果たして何人がこの横顔を天心と知るだろう か。天心の特徴ある頬はこの断面的なロゴには表せず天心といへばあの目つき。鴎外先生や柳田先生と同じくなぜ明治の官吏あがりの芸術家、文人といふのは失 礼だが憮然とした表情でけして美男でないのだろうか。天心が辺鄙さゆへに選んだこの地。緑の美しい浜林のなかに幾基の原子力発電所の煙の出ない煙突。五 浦の天心らの日本美術院に近い天心丸なる船頭料理名乗る店で 昼食。この料理屋で供す魚肴のほとんどは店主みずからが漁つたものだそうで岩牡蠣、刺身、平目のフライなど食す。目光(めびかり)といふこの周辺で捕れ る、いわゆる雑魚だが、この目光の唐揚なるもの初めて食す。午後帰宅。何するでもなくのんびりと過ごす。鰻の蒲焼。サッカーの日本対イラン戦テレビ観戦。 なんで中継と解説があんなに話すのだろうか。うるさい。勝手な精神論とか、ゴール前は戦場ですから、とか。晩遅くスーパー銭湯に浴す。
亀井静香君の広島六区での対抗馬に自民党執行部は女優の東ちづるを当てる。しづかvsちづる、は音の響きだけならアダルトの如し。元国連軍縮大使の猪口 女史からホリエモンまで自民党から立候補。文化放送のラジオで猪口先生なら外務大臣含みで民主党が口説くべき、と指摘されていたが。猪口孝教授はこの妻の 「喝采」ぶりをどう眺めているのだろうか。猪口嬢にしてもホリエモンにしてもでは民主党ではいけないのか?といへばホリエモンも昨晩、民主党代表岡田君と 会見したといふ。結局、本人にとつては本人を自民党民主党のいずれが高く買つてくれるか?だけの話。FA制の野球選手と同じ。思想信条に非ず。チヤホヤ してくれれば煽てに乗る、のだから自民党は集票力のあるキャラ集めるほうが扱い難い党人肌の代議士を党が懸命に支援してギリギリの線で当選させるよか、執 行部にすれば容易。議会制民主主義だの政党政治だの、これだけ弄ばれれば形骸化は当然。その安易な候補者選出する政党も政党なら、それに投票する方も投票 する方。昨日みのもんたが司会の番組で毎日新聞編集委員が「今回の選挙は日本で初めて政党の政策が争われる画期的な選挙」と指摘していたが、嘘。これほ ど政策など一切評価されず、ただ小泉三世の親任選挙。結局四年前の「小泉さんならどうにかしてくれる」と同じで、ではこの四年、具体的には何もしていない のだが、まだ「小泉さんなら」で小泉三世の支持率が五割越えているのだから、その小泉さんが「改革の同志」と推挙した有名人が出てくれば一票入れてしまふ 構造。お話にならず。小泉三世と「小泉さんなら」と無思慮な一部といふには多数の有権者の協力で、この国が「改革、改革」と実は何も変わらぬ、言葉だけ踊 る、だが小泉首相に言わせれば「これだけ変わったじゃないですか」の改革路線躍進。

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