富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

六月廿四日(金)大雨。赤雲警報発令。西環などで市街水濫れ通行止めとか。驚く電話あり。或る四星級ホテルの邦人営業担当より電話あり「四月にお送りしているコーポレートディスカウントレートの契約書をまだサインバックいただいていないのですが?」と。その合意をもらえぬと割引料金提示できず今後コンベンションなど続きますし一泊二千余ドルの料金となります、と一方的。アジア通貨危機から始まりSARSの疫禍では地獄見たホテル業界も景気回復で復調か嬉しかろうが横柄さまで復調。そもそも契約など打診した記憶もなし。その点尋ねると打診いただいておらぬがホテルからオファーしたもの、と。ちよいとそれは不躾。そちらから勝手に資料送付しておいてサインバックしておらぬとは失礼な物言い。「失礼は承知でこちらか勝手にこれこれこういうものをお送りしておりますがご返事はいただいておりませぬがご意向は如何なものでしょうか?」と尋ねるべき。相手も言い方が悪かつたと恐縮しつつも「安く泊まりたければさつさとサインバックせよ」の姿勢、は変わりなし。呆れるばかり。よくよく質せば昨年までもそういつたオファーはしていたがとくにサインバックまで求めてはいなかつたが今年からきちんと確認することになりまして、と。それはホテル側の事情。「ですが昨年はちなみにT様にサインいただいておりますので」と先方は言うがそもそもTなる者はこちらにおらず。何かデータミスが、と先方も一瞬怯む。いずれにせよホテルの営業担当でありながら、そのTといふ名前が何処の誰かも認識しておらず。金輪際このホテル利用するに値せず。数日前に米国でのクレジットカードデータ漏洩騒動の影響にて取引銀行よりマスターカード再発行のため現有のカード使わぬよう指示あり。早晩に銀行口座より現金下ろそうとカード使うと(クレジットカードと銀行カードが一枚になつてゐる)機械にカード呑み込まれ現金も下ろせず。銀行に電話せば安全のための措置との事。それも諒解するがクレジットカードは無効と聞いてはいるが銀行カードとしても機能停止とは聞いておらず。通帳なき口座ゆへカードもなければどうするのだ?と質せば銀行窓口なら口頭で説明いただければ対応いたします、と。カードデータ漏洩よかこの曖昧な対応のほうがよつぽど怖い。本晩は日本人倶楽部にて中文大学M教授主宰の香港研究会に香港大学美術博物館副館長のA君招き中環の中区警察署について講義いただく。王立アジア協会香港支部だの香港外国人記者倶楽部(FCC)でも発表しているA君のプレゼンテーションの上手さ。かなり多くの画像をパワーポイント使い鮮明に見せる。とくに中区警察署の裏に位置するヴィクトリア監獄の内部の画像は貴重。建築を学んだA君らしく十九世紀のこの香港植民地政府の要塞(ここに香港政庁、裁判所、警察消防と監獄あり)がヴィクトリア朝の英国らしくどういう装置として存在したか、を見事に提示。監獄と学校や病院がヴィクトリア朝の英国で全く同じ思想から生まれていること。フーコーの『監獄の誕生』や『医療の誕生』を思い出し講義後にA君にそのこと話すとやはりA君もフーコーを念頭に置いてこの建築の歴史を「まなざし」から述べていた、と。興味深き話の内容にてここに綴るは列挙に遑がないが香港島のヴィクトリア市についてその市域が何処なのか具体的な資料これまで見たことがなかつたがA君の資料にその市域を示す地図がありいくつかポイントにマーキングあり「もしや?」と思い尋ねればやはりそれが「シティーバウンダリー」と書かれた石柱。これが現存しBowen Roadであるとか香港大学学長住宅の裏からピークに登る山道であるとか、この日剰読まれた京安村氏の書き込みにあるように簿扶林の23番バスの終点先の地点であるとかが其処。偶然であるがその京安村といふ人の書き込みを探してみたら何と恰度一年前の今日の書き込みであつた。できれば今度このシティバウンダリーの境界線に沿つて歩いてみたいもの。講義中A君持参のカナダ産葡萄酒(名前失念)いただく。A君の知人のワイナリーでA君が香港の輸入元。講義終わり日本人倶楽部のファミレス奥の「子供は入っちゃだめ」エリアでA君、M教授、某邦字誌編集長のS嬢と会食。歓談尽きず。A君といへば本日昼前の赤雲警報で晩の研究会開催の可否危ぶまれA君に電話すると台北に在り。午後のフライトで香港に戻る、といたつて余裕のA君。確か昨晩、香港大学美術博物館にて旧総督府の記念誌の発刊記念パーティーあり歴史建築についてであればA君主幹の筈で董建華の夫人も来賓として在りA君其処に居らぬ筈もなしと思えば昨晩のその発刊記念会終わつてから台北に飛び今朝から昼まで仕事して香港戻りだそうな。でA君に香港政府の首長級のいくつか興味深き内情を聴く。人の評判も風評は風評なわけで人望厚き或る人が実は意外と大問題でその人外すために別が泥かぶりと内情も様々。晩十時から一人UA銅鑼灣にて映画『蝙蝠侠』観る。Z嬢はこんな下品な映画は観ず。大型商業映画は殆ど観ぬのだが何故かバットマンだけは幼き頃にテレビドラマのバットマン好きであつたからか近年の映画作品もきちんと観ている。が今回の主人公役の役者にバットマンのニンがない。まず英語。英国の貴族役にしてはブリティッシュイングリッシュの気高さに欠ける。上唇のうえのまつたり感が余計にセリフを下手にする。今回の物語はどのようにバットマンが生れたかの生い立ちからバットマン誕生までの非行、修業時代の話だがバットマン渡辺謙扮する頭領の忍者組織で修業していたとは(笑)。不要な逸話。敵もシリアス過ぎてダメ。やはり敵はジョーカーであるとかペンギンマンであるとか色物系でないとバットマンでない。バットマンといへば余にとつてはバットマンカーと助手ロビンがないとどうもいけない。ホームズが独りであるよかワトソン君相手の場合、明智小五郎に小林少年が絡むことで明智小五郎が断然生気ますのと同じ。恐らく将来この少年がロビンになるのでは?といふような少年も登場。でバットマンカーはまだあの美しい流線型になる前の装甲車のような形。全くもつてバットマンカーとは呼べぬ代物だがバットマン誕生であるから敢えて自動車もあの流線型とは全く対照的な装甲車にしたことも考えてあるといへば確かにそうなのだが。実は誕生日。誕生日の晩に独り寂しくバットマンの映画見る初老の男の悲哀感じ入るばかり。晩の十二時半に映画終わりこれで飲みに行くと空が明けること必至で「バットマンカー並みに爆走する」タクシーで料金50ドルの距離を僅か五分で帰宅。
加藤周一氏の朝日の夕陽妄語が曽我蕭白とりあげる。京都の国立博物館で回顧展あり余も『芸術新潮』の特集を読んだもの。加藤氏の文章は蕭白を語る美術評として読むに値するもので加藤周一の目利きが映えてはいる。が夕陽妄語であるから当然、奇人の蕭白を語ることは狙いは小泉三世か、とか想像も易し。で「結論は、独創的で抜群の技をもった蕭白は、同時に極端に不器用な、拙劣な画家でもあった」といふ一文に「そら来た!」と。だが最後まで蕭白論で終わるのである。美術評であれば当然であるし加藤周一がそこまで感動した、といへばそれまでだが夕陽妄語であるから妄語なわけで「もしや我が国の政治状況にあまりに呆れ加藤翁とて語る言葉失ったか」とまで想像してしまふのだが。

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