富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

六月二日(木)曇。昨日の信報に唯霊氏が地元北角の自宅(氏は和富中心にお住まい)近所には美味い食肆多いがと寿司加藤などに加え今度出来た海南鶏飯供する店が美味いとか。うつかりその紙面捨ててしまい肝心な店の名がわからなくなつてしまつたのだが海南鶏飯について氏はかつてマンダリンオリエンタルホテルのカフェのが秀逸であつたが過去の話で今はFCCの海南鶏飯が香港では屈指と指摘され確かにその通り(銅鑼湾の南亜餐庁の閉業惜しまれる)で(前置き長いが)晩に工作任務あり早晩にFCCにて一人あらためてその海南鶏飯食す。以前に比べ更に白蒸の鶏肉は質が向上。付け合わせの胡瓜も美味く(多少鹹いが)HK$68といふ高値も納得の味。白葡萄酒一杯。遅晩に帰宅して唐辛子味のウォッカ飲む。
▼1日の朝日衛星版に加々美光行氏(愛知大、現代中国論)が日中関係論じ90年代以降の日中両国民の変貌を指摘。日本社会での変貌は戦後の反戦平和希求の大規模な国民運動の消滅。安保やベトナム反戦などの動きが72年の日中国交正常化の際に周恩来をして対日賠償請求権の放棄に至らしめた事実。反戦や日本の軍事化に反対する日本国民への周恩来の信頼が根底にあつた(これについては日本側では竹内好がいち早く評価)と氏は述べる。中国も毛沢東時代の否定と改革開放への転換果した登β小平は周恩来の対日観、政策を踏襲し「日本の高度な経済成長を日本国民による国家非軍事化と平和維持の努力のたまものと見なし」「中国の発展には日本同様の戦争回避による平和維持が不可欠と見なし、軍の大幅縮小と経済発展の最優先を掲げ」「82年当時、教科書問題が浮上しても日中関係が相対的に安定していたのは、そこになお日本国民に対する強い信頼が働いていたから」である。それに対して悲しいかな、90年代には湾岸戦争を境に日中両国とも軍事強化路線をとり、日本は国際貢献自衛権の拡大解釈と派兵増強、中国は89年の天安門事件を境に経済制裁を受け湾岸戦争の危機感から高度経済成長と軍事強化の二本立てを本格化、日本は例えば米国ブッシュ政権イラク討伐でも戦争発動の根拠であつた「大量破壊兵器の存在」の虚偽が判明し世界的にイラク反戦運動が高まつても日本の対米反戦の気運すら盛り上がらず、両国とも国民レベルのナショナリズムを台頭させ今日に至る。加々美氏は「自分と対照的に異なる相手を見る複眼的な視点をもつこと」で初めて自分の姿が映し出されるのに日中両国の(否定的な意味で)酷似した姿の今日では単眼的な同質の鏡しか持ち合わせず自分の姿も相手の姿も見えなくなつてしまつたことを指摘。複眼的な鏡を取り戻すには「日中両国民の中になお反中、反日の情念に踊らされない理性的な人々がいる」ことで相互信頼を取り戻し歴史認識を含めた日中共同の文化構築が大切、と。理想論であり勝谷誠彦氏らの極論からすれば「鼻で笑う」ものだろうが加々美氏のこの理想論を信じたいと願ふばかり。

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