富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

五月廿五日(水)曇。先考と呼ぶには亡くなつて日も浅き父の誕生日。何度か香港より誕生日にと祝品送れば電話あり言葉少なく話したことも思い出となりぬ。Z嬢曰く命日も大切だがマーラー聖誕百年だのモーツァルト聖誕三百年だのと芸術家など聖誕祭あるが故人偲び誕生日の周年祝あつてもいいのでは?と。確かに。先日この日剰にて紹介の、「鬼谷組」と「ハローキティ」共存のトラック野郎だが今朝見ると「あれっ……」で冠の「鬼」の一文字と正面の「鬼谷組」の文字消える。扉の連獅子こそ残るが明らかに鬼谷組からキティちゃん化の過程にあること。つまり中古で日本から持ち込まれた際には立派な鬼谷組仕様であつたトラックが現有者の趣味がハローキティで着実にその世界に生まれ変わろうとしている。どうせならキティちゃんの連獅子もありかも。早晩にジムで一時間拳闘系の有酸素運動。帰宅して夕餉。鮪の中落ち丼など。菊正宗。諸事片付け早々に臥床。
▼二年暫定任期での行政長官「選挙」立候補のため政務長官ドナルド曽蔭権君政務長官辞任。北京中央の実質的欽定にて選挙ぢたいすでに終わつたが如し。97年当時、香港政庁の生え抜きの公務員のトップには政務長官に陳方安生女史が燦然と輝く。財務長官とはいへ実務派の曽君はまさか自分が行政長官になると思ひもせず。わかつていれば英国女王より爵位いただきもせず(←これが今になり北京中央の支持受けても香港の地場の「土共」らにとつて面白くなき話)。董建華の八年にわたる行政でかなり混乱あり北京中央もかなり負担多きところ今回の「あまりにも公務員らしい」曽君任命で結果的には香港特区行政長官に「華のあるスターは要らぬ」といふこと実証できたことの重要性。香港が中国の一地方都市として定着、である。
蘋果日報の論説で張華氏の「呉儀不見小泉的好処」は分析見事。呉儀にしてみれば小泉三世と会見し握手でもすれば後日小泉三世靖国参拝あれば呉儀にとつてはメンツ丸潰れで政治生命にも影響あり。これの前提が99年の朱鎔基首相で当時、中国が核開発で米国の機密技術入手画策との懐疑あり対米関係悪化。中国のWTO入り目指す朱首相訪米で関係改善したがNATO=米軍機によりベオグラードの中国大使館誤爆され三名の外交官死亡し反米感情高騰。事実上は関係ない朱鎔基だがスケープゴート的に批判の対象となり部分的に政治力も退えし事実。小泉三世が靖国参拝の可能性あれば中国首脳は国内の政治がため握手などできず。また日本の国連安保理常委入り問題。中国国内で民衆レベルで日本の常委入り反対の世論あり中国政府が日本の常委入り賛成すれば民意を敵にまわし反対すれば対日関係悪化。正常な対日関係維持のために反対できぬのなら支持か中立しか選択肢なし。だがもし対日関係が悪化していれば反対にまわるにまつわる圧力大きく減るわけで、これも中国には一つの選択である、と。御意。
▼紐育タイムス紙は“Japanese are left fuming, perceiving discoutesy”と06年9月からのポスト小泉三世での政局での対中関係を憂慮。日本の世論調査など見れば日本人の民意レベルで対中の歴史認識靖国問題に常識的は配慮があるが、そういつた背景あつても歴史認識靖国問題が対中の経済関係に大きく影響があるかといふことにはかなり楽観的なのが日本。何かと燻つても大局には影響せぬといふ感覚。そこに安倍、麻生、中川といつたポスト小泉の対中強行派の存在が日中関係で懸念されるところ。(以下、私論)自民党も先達らが築いてきた対中関係。台湾支持派も多いが根底には伝統保守として日本の伝統に漢文を大意は解す教養としての支那趣味があつた世代と「戦後の間違つた個人主義」で育つた世代の差。
加藤周一翁は廿四日の朝日「夕陽妄語」にて日本と中国の「すれちがい」を述べる。四月の中国での反日デモ見ていれば、日本はデモに対する中国政府の対応をば問題とし破壊の原状回復や在留邦人や企業の安全確保を求め、それに対して中国側はデモの背景にある基本的要因として靖国や教科書問題を挙げる。この着目点の相違。中国が王朝興亡など歴史を見る知的伝統があるのに対し日本には都合悪い過去はさつさと水に流し外挿法適用されぬ明日には明日の風が吹く、現在の状況に集中する日本の感覚。この感覚の差はそう易々と解消できぬものでなし。だが個別の問題は対処可。靖国は首相が参拝せぬことで解決でき(A級戦犯合祀も首相参拝なければご勝手に、の話)、作る会の教科書とて大多数の学校が採用しなければ問題にならず。こうした個別の対処が出来る話。で最も重要なことは『過去の』対中15年戦争の『現在の』日本による正当化、これだけは一切許されぬ話。日本の歴史観に中国が内政干渉といふ発想は戦争が相手国あり而も相手国が被害者であれば「内」の問題に非ず。そして戦争の死者を政治的にいま利用することが死者への冒涜であること。(以下、私論)今の日本の問題は、明らかに、当時の戦争も知らぬ世代が自らの国を「普通の国」にするがため(つまり自己満足)過去の歴史から死者までを利用することの傲慢さと粗忽ぶり。
「バン」で「アイビー」流行させし石津謙介氏逝去。享年九十三歳。あれだけ成功しつつメンズへの執はり。当時さすがにアーノルドパーマーはすでにダサかつたが「半纏」と聞こえるHang Tenやボートハウスのトレーナーがオシャレの時代に、VANもBの発音の「バン」と聞こえアイビーも蔦とは思はず、てつきりIBかと思つたほど田舎に育つた我も『ポパイ』誌にはなぜか我が街の老舗、かつての福田呉服店の経営せし店がアイビーやトラッドのセンスよきショップとして東京以北では唯一紹介されるほど脚光浴び、折から我=肥満児は僅か一年で体重廿キロ減量に成功し、初代ウォークマンイエローマジックオーケストラの流行る時代、オシャレしたいがヴァンヂャケット社の衣料など小僧には高嶺の花。それが78年の同社倒産で前述の福田の店で大量の在庫処分あり「痩せて着るものないんだから」と母に二万円渡され足が震え竦むだ記憶も鮮明。

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