富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

五月初二(月)労働節代休。先週の天気予報では週末快晴のはずが今朝の予報では雨。週末三日天気今ひとつでふて腐れ家事雑用など済ませておれば陽光あり勇んで裏山上りパーカー山の自然公園に入り半時間山道登るが流石に摂氏卅度では家を出るなり汗吹き出しとても走るは難儀。大潭に下り約そ10km走り島南岸の海岸に到る。昼すぎより暫く快晴。松本清張の遺作『神々の乱心』上巻百頁程読む。タクシーで銅鑼灣に遊び夕方帰宅。枝豆で麦酒。雑魚味噌と葉山椒を肴に飲む。お好み焼き。お好み焼きならサントリー角でハイボールかと思ったがソーダ水切らしており山崎のロック。NHKのニュース見る。JR西日本の断線事故から一週間。遺族だの友人だのテレビカメラのレンズの前で実によく語ることに驚く。ニュースでは「×名の方が亡くなり×名が怪我をしました」といふ表現。なぜ死亡者のみ「亡くなった方」で怪我人は「怪我された方」にならぬのか。よくわからぬ。スミノフウォッカ檸檬汁1:2で二杯。『神々の乱心』続き読む。
▼台湾国民党連戦主席の大陸訪問。連戦の訪中が成功裏に終わろうとする矢先に台湾の亜扁総統親書を来週訪中の親民党主席宋楚瑜君に托したこと公表し南太平洋の親台各国歴訪に旅立つ。連戦君の大陸訪問をいかに蔑ろにするかの為打ち。連戦君は今回の大陸訪問でも生まれ故郷の西安訪れたこと、そして父親が国民党の将校で「外省人」の如く扱われるが祖父の連横は日清戦争後の台湾割譲で台湾が日本領となること嫌い大陸に渡った生っ粋の台湾人で大陸生れの妻娶り(この祖母の墓が西安にあり)息子は大陸生れで国民党に入り長男孫の誕生に抗日を意図して「戦」と名付ける。その連一家が中共に追われて国民党とともに台湾に戻るも歴史の皮肉。いずれにせよ、この中途半端な出自が連戦が台湾の「最後の貴族」と言われながら台湾の領袖にとなれなかったことの因果。

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