富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

五月朔日(日)曇。労働節。Z嬢と久々にバス修業と街歩き。十時に東隧道をバスで潜れば本日より通行料が自家用車でHK$15がHK$25への大幅値上げで休日とはいへ閑散甚だし。沙田第一城の団地でバス降りれば十数年前は新興住宅地もさすがに古めかしく見える。KCR馬鞍山線に初搭乗し車公廟站。この鉄道も閑散ぶり見事。日曜日の午前十一時にホームに人影なし。香港文化博物館参観。特別展数多し。まず「走向盛唐」なる唐の時代に向けての東漢から鮮卑南北朝の各時代の文物を中国各地の博物館から蒐集の展示観る。内蒙古、新彊の博物館のシルクロード文化の布品が見事。続いて「文武兼擅-呉君麗戲劇藝術剪影」は香港粤劇のトップスター呉君麗女史の貴重な粤劇の衣装や台本の絢爛たる展示。で本日のお目当ては「世外桃源-徽州民居建築」といふ特別展で安徽省黄山の麓、徽州の城市には明清の時代の古村落家屋見事に保存されユニセフ世界遺産の一つ。徽州ノ民依山傍水ニ居シ「青山雲外深白屋煙中出」ト誉レ高シ。徽州ハ陶淵ノ明筆ニ描カレタル桃花源ノ如ク是レ遊人徽州幽探勝之地ヲ尋ル者少カラズ。高低起伏ノ白牆?瓦ト令人稱奇ノ磚、木、石三雕裝飾ハ簡潔ナル民居ヲ平添特有ノ景致ニ使ム……といふ感じ。見事なるはこの徽州の民居に実に見事な木彫りの装飾据えられる生活文化。またバスで粉嶺に向かうつもりが70番のバスなかなか来ずとりあえず大和站までバスに乗り粉嶺まではバス少なく端折ってタクシー移動。粉嶺聯和墟の市街は美食に事欠かず本日は食通A氏がジャズラーメンの行列に閉口し路頭に迷ひ偶然入った金旋京川滬小館といふ料理屋。ジャズラーメンのすぐ傍(聯安街)。だいたいにして「京川滬」というのは北京、四川、上海(滬)、つまり福建広東など華南料理除けば「だいたい何処の料理も出します」わけで京菜にしては洗練されておらず四川にしては揚子江下りすぎて辛からず上海料理は美味くもなし、で京川滬なんて看板に掲げる店は大して美味くないのだが、この店、食通A氏唸らせただけあり確かに美味い。前菜五品選びHK$100が麦酒の肴。四川の麻辣と北京の小菜がどちらも秀逸。紅油抄手(四川餃子)もただ辣いだけでなく甘みもあり。店員も親しげで午後二時にもかかわらず繁盛。手打ちの担々麺は期待したがちょいと上海麺風で満足できず。聯和墟は牛肉圓だの山東餃子の店など食指動く店多し。聯和墟のすぐ近くに人類飲食博物館といふ施設あり。これが香港飲食博物館なら「美食の聯和墟だからか」と納得するが「香港」ぢゃなくて「人類」と大風呂敷広げたところがどうも。人類と冠につくと、どうも温泉観光地の「世界人類性愛博物館」の如き怪しさ。而も公営でなく私営博物館となると世田谷の住宅地に突如の爬虫類蒐集館など想像してしまう。それでも新聞の紹介記事には食通の文化人五人が私財投じて開設とあり(その五人が誰らかわからぬが)折角来たのだし何せ今年の九月で閉館してしまふらしい。それなら是非参観と思ったが入場料HK$20で扉から除くと参観客もいなければ一見して展示内容は薄い。Z嬢が建物横から覗くとお土産コーナーなどあり「アステカの胡椒」とか「アルプスの塩」とか売ってそうで、ちょっと入ると出難い雰囲気あり。断念。三度バスで上水。上水は古来、福建省からこの地に移った廖氏一族の拓いた集落で上水圍に周囲のマンション開発から取り残されたようにひっそりと集落が残る。ここに廖萬石堂といふ廖氏祠あり見学。上水市街。新成路の噂には聞いていたがレトロな広成冰室にて厳選の小豆煮る量に限りあり午後しか供さぬと評判の紅豆冰(氷小豆)食す。秀逸。二つ食べたいくらい美味。新界の旧市街には大埔、上水、元朗と何処にでも必ず一つは「中華国貨」つまり中国系デパートあり。それが一つ二つと店終いは今日の趨勢で上水の「大江国貨」は数少ない既存店だが(外見はこぢんまりだが内は五階建て)訪れてみればあと残すところ三日で店終いのバーゲンセール中。上水も鉄道站付近や旧市街の周辺に大型ショッピングセンター次々と完成。本日のバス修業の最後は上水から粉嶺、大埔、沙田と新界の市街を丁寧に走って大埔公路から九龍の山越えで九龍市街走り佐敦に到る九龍巴士70番路線への乗車だったがこのかつての花形路線バスも今では三十分に一本で冷房なし。日曜夕方とはいへ恐らく始発から終点まで九十分で辿り着くかどうか。さすがに疲労感もあり(食べ過ぎ)つい270A路線(冷房で上水一帯を回ると一気に高速道路で大埔、沙田の市街止まらず獅子山隧道潜り九龍へ到る)に乗ってしまふが、それでも上水から佐敦まで七十分。といふことは70番だと二時間くらいかかったのだろうか。佐敦からさらに110番の隧道巴士で香港島に戻る。晩にNHK大河ドラマ義経』見ながら湯豆腐。BS特集「中曽根康弘vs大江健三郎戦後60年 憲法9条を語る」といふ番組あり期待したが何が大勲位vsノーベル文学賞で、ただお互い持論述べる録画を編集で並べただけのようで途中から見ず(そのあと対談でもあったのだろうか)。ふと気になったのは大勲位憲法改正することで日本もこれで普通の国として……と改憲論者がよく口にする「普通の国」だが、これが例えば敗戦から占領期でサンフランシスコ平和条約締結で、という時なら「これで普通の国に」もわかるが「押しつけ憲法」だろうが何だろうが戦後六十年、而も戦後独立国として国際社会に復帰したどころか経済成長続け世界でも有数の経済大国になっておきながら、その戦後が普通の国ぢゃなかったら、いったい何なのだろうか。充分に世界の中で地位を築き貢献もしてきたであろう。それは世界でもそれなりに評価されているから(歴史認識に関して東アジアでの反日感情があっても)国連安保理の常理国にすら推されるわけで戦後六十年を積極的に評価すべき。結果よかったのだから良いぢゃないか。それを今さら「普通の国」などと言うと寧ろ「変な国」がうまれそうな不安感を抱かざるを得ず。
▼SCMP紙に掲載のAP電によれば北京で公安当局が昨日「不法の抗議デモに参加せぬように」と北京の携帯電話利用者に対して公安情報を送信。四月上旬の反日デモでは中国各地で携帯電話でのメッセージでデモ参加呼びかけがあったといふが今回はその逆で取締りに携帯網の利用。実は四月上旬も今回もメッセージの出所は同じだったりして?と思ったりするのは憶測の域を出ぬが、いずれにせよ携帯など使った政府当局の情報提供と治安管理の怖さ。香港でも一昨年のSARS疫禍の際4月1日に「香港が疫埠と指定された」といふ誤情報が香港で流れ政府が携帯電話会社の協力得てこのデマを否定、またWHOの伝染病地指定解除の際も吉報で流れたこと思い出す。

富柏村サイト http://www.fookpaktsuen.com/