富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

三月廿八日(月)復活祭翌月曜の休日。朝。窓から外眺めれば視界の一切まさに霧の中。北角にカドーリ農場の野菜売る店をつい最近Z嬢見つける。その店の鶏卵も新鮮で香港に住んで十五年で初めて生卵ご飯。美味。中環。市大會堂。イタリア制作の映画“Private”観る。監督はSaverio Costanzo君。昨年の瑞西ロカルノ映画祭で金豹賞。パレスチナイスラエル植民区の家庭が突然イスラエル軍の管理下におかれ自宅建物をば勝手に蹂躪される恐怖。最後まで見終わらずにフェリーで尖沙咀。正午から比律賓映画“Evolution of a Filipino Family”観る。……といいつつ10時間近い長編映画にて延々と続く集落の家族の物語2時間だけ観て途中退場。ジム。昼は蘋果1個とバナナ1本。夕方。FCCにて小憩。ドライマティーニ1杯。晩飯に野菜の素食飯。有機野菜のミルフィーユと玄米ご飯とあり何が出てくるのか心配であったが温野菜層ねた確かにミルフィーユに大嫌いな人参あり一瞬ぞっとしたが人参も含め予想よかずっと美味。昨日からかなり「ダイエット」だが基本は美味しいものを食べること。さうすれば食欲満たされる。成人の一日に必要なカロリー摂取量とか言うが日に25Kカロリーなんてのは野山駆け回るか農作業や工事現場で重労働に従事するのでもなければ16Kもあれば十分といふ話もあり。晩に金鐘のTamar Siteで手塚治虫実験動画(その1)の屋外上映あり観賞。1500人だか観客ありさすが手塚先生。内容の多くは人間の自由や戦争独裁への反対といったもので手塚治虫戦後民主主義の積極的な思想が(しかも台詞なしのアニメでだから)見られる点がかなり興味深いが、いわゆる手塚作品は短編のほんの二本で残りはすべて虫プロ手塚治虫プロデュースの他の描き手の作品。だからよっぽど手塚治虫の思想史をわかっている人以外にはこれが手塚作品とは思えず革新系市民団体制作のアニメだと思えてしまふ。この映画、いまの日本でなら学校で上映しようとしたら教育委員会から「指導」が入るであろう。手塚治虫の表した自由、戦争と独裁反対、が危険思想なのが日本の国情。とうぜん今晩集まった観客には手塚治虫の戦争反対の強いアッピールがわかったと思う人よか「なんか期待と違う」と思った人のほうが多いかも。午後九時より綿井健陽監督の“Little Bird”かと思ったが次回上映もあり歩いて近い市大會堂でロシアのGulshad Omarova監督の“Schizo (Shiza)”観る。市大會堂は(いつも上映ぎりぎりで参るから今まで気がつかなかったが)その建物の六十年代のモダニズムの素晴らしさとは裏腹に何が驚いたかといえば館内のフリースペースに椅子とか坐る場所が一切ないといふ不親切さ。立っていることを強いる市大會堂なんて、ある面では時代的に六十年代の建物らしいのかも。場内が暗転した時に「ここでいいかしら?」と日本語でご婦人の声がして振り返ると佐藤忠男先生ご夫妻。やはり来港されていたか。面識もないのに思わずご挨拶してしまいそうになるほど毎年ご常連。
映画祭 忠男 五味鳥 一平安
奥様と静かに客席の隅に座られる。今までこうして世界各地でいったい幾本の映画を夫妻でご覧になってきたのだろうか。虔しさ。で映画だが題名の通り精神分裂症に罹った15歳の少年、名はShizaが主人公。姉の彼氏がチンピラで、その舎弟気取り。カザキスタンの荒涼たる田舎、失業者ばかり。チンピラの兄貴は町のヤクザが為切る八百長の拳闘場に失業者の中から相手となる選手を調達するのが生業。少年はそれを手伝うが調達された選手が死んだことが契機となりそのレコに恋してその女の貧乏な家計をいくらかでも助けようと奮起するがそれが難いして……と純粋な少年が大人になる過程での通過儀礼的な、どこにでもある物語といってしまへばそれまでだが昨年の東京国際映画祭コンペティション部門で主演賞に選ばれたといふ主人公役のOldzhas Nusupbayevといふ少年が中上健次的に見事、見事。佐藤忠男氏夫妻が静かに会場を後にするのを気持ち見送る。市大會堂のロビーはかなり人でごった返しており何かと思えばCanadian Brassといふ文字通りカナダの吹奏カルテットの演奏会あり終わって会場でCD購入した客ばかりか残った客全員に演奏者がロビーに出て来て銘々がロビーの四隅に散ってそれぞれに長蛇の列。サインするわ、握手に記念撮影するわ、吹奏楽をしているのであろう若い連中の質問に答えるわ、で演奏者がいかに演奏者と観客が素晴らしい時間を過ごした後での交流と感動の光景。

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